第11話 反目

 二人が気まずい雰囲気に包まれてホールを歩いていると、一人の男性種が後ろから追ってきた。


 レガート・ゼイルだった。


「リア!」


 呼びかけられたリアは足を止めて静かに振り返った。アルもレガートを見る。


「『ここで別れましょう』って、どういう意味だ?」


 広間でリアが投げかけた言葉をレガートが繰り返した。声には責めるような響きがあった。眉根を寄せた表情は苦悶にも似ていた。


「言葉通りよ。一緒にいるのはあたしが胞奇子を見つけるまでって話だった。あなたがそう言ったのよ」


 無表情にリアは答えた。


 リアの言葉は誤ってはいなかった。求法院に一番乗りしたレガートは真っ先にリアを指名し、調制士となるよう願った。しかし、その時点でリアは受け入れず、やり取りの末に互いのパートナーが決まるまでは行動を共にする話がまとまったのだった。胞奇子を見つけ出すのが最終日までずれ込むとはリア自身思っていなかったし、土壇場で調制士と見定めていた相手を失うレガートに対してはわずかに心が揺らいだ。それでもリアは一度口にした言葉を取り消すつもりはなかった。進む道は決まり、リアの選んだ道にレガートの姿は最早なかった。


「考え直せ、リア。そんな胞奇子を選んでどうする? 魔王の調制士になるのが君の夢だろ?」


「そうよ。だから、あたしは彼を選んだ」


「何を言ってるんだ! 魔王になれるのはぼくしかいない!」


 レガートの主張を聞いてもリアは何も答えなかった。


「儀式はまだだろ? 理由は何でもいい。今すぐパートナーの変更を願い出るんだ」


「無理よ。あなたも知ってるでしょ? 複数の証人がいる場合は儀式の有無は関係ないわ」


 冷静に指摘するとレガートは黙った。視線をアルに向けると凶悪な表情を形作り、足を踏み出した。


「なら、今すぐこいつを始末して―」


「やめてっ!」


 アルの腕を引き、リアは背後に移動させた。背にかばう。レガートを見据えると残った手を胸のボタンに添えた。


「リア!?」


 レガートの顔には戸惑いがあった。


「ぼくと闘うっていうのか?」


「あなたがそうしたいというのなら」


 場の空気が張りつめた。しばらくの間、誰も声を発さず、膠着した状態が続いた。


 レガートが搾り出すように言った。


「…ぼくは、君と闘うためにここに来たわけじゃない」


「それはあたしも同じ。でも、あたしは彼を魔王にするって決めたの。…そう。はっきり言っておくべきね。あなたの知るリーゼリア・バザムはもういない。今、この瞬間から、あたしはあなたの行く手を阻むわ」


 決然と言い放ち、リアはわずかに身を屈めた。戦闘への移行を予期した動作だった。アルは背後でうろたえている。


 レガートは一瞬、哀しげに微笑った。表情が力を失ったかと思うと、いきなり哄笑し始めた。額に片手を当て、体を反り返らせて笑った。ひとしきり笑うと二人を睨みつけた。


「そうか! そんなにそのチビ助がお気に入りかっ!? いいだろう。おまえがその気ならこっちにだって考えがある。後でぼくの前に這いつくばる羽目になっても知らないからなっ!」


 言い捨てると、レガートは荒々しい足取りで戻っていった。ホールにはリアとアルの二人だけが残された。

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