第12話 文礼室へ
「さ、行くわよ」
リアがアルの腕を掴んで引いた。アルが慌ててついて行く。
「あの男性種…、レガート? 彼って…」
「…後で説明するわ。今はとにかく一緒に来て」
頑なな口調に阻まれ、アルはそれ以上追求しなかった。
本棟へとつながる回廊は途中で扉で仕切られていた。大きめのガラスを上部に採用した両開きの扉は向こう側が見渡せる。扉を開けて進むと吹き抜けになった通路が続いていた。上には回廊から連続する屋根がある。両側は翼棟裏手から続く庭園だ。屋根を支える支柱のある通路の向こうには同じように両開きの扉が待っていた。紋様の刻まれた扉の中に入ると本棟の回廊だった。二人はさらに奥へと進んだ。しばらく歩くと廊下に面した窓口のある場所に着いた。
窓口の上には装飾文字で『文礼室』の表示があった。横には係員の出入りするためのドアがあり、窓口と同様典雅な装飾が施してあった。内部は複数の人間が働く広い部屋だ。文礼員という呼称の求法院の運営全般に関わる人員がここにいる。調制士として来訪して以来、リアも何度か足を運んだ場所だった。
妙に静かだ。リアが窓口を覗いても誰もいない。衝立があって奥の様子は分からなかった。
「?」
リアは怪訝な顔をした。いつもなら女性種の係員が常駐している場所だ。深夜でさえ人は座っていなくても受付はしてくれる。
窓口の脇に置いてある手提げ式の呼び鈴に目をやったところで、廊下を挟んだもう一方の壁にある扉が開いた。正確に窓口の正面に位置する場所だ。一人の文礼員が顔を出した。
「すみません」
リアが声をかけたのは若い文礼員だった。軽やかな金髪を肩まで伸ばした女性種だ。白いブラウスにリボンタイを締め、明るいグレーのベストを身につけている。下は同じ色をした足首までの長さのあるフレアスカートだ。気ぜわしい様子が仕草や動作から見て取れた。
「何かご用でしょうか?」
ブラウスの袖を捲り上げた文礼員は息も乱れているように感じられた。
「儀典堂を使わせていただきたいんですけれど」
「儀典堂…ですか」
文礼員の歯切れが悪くなった。用件を伝えても口元に手をやって考え込んでいる。
「? 何か不都合でも?」
「あ、いえ。使っていただくのは構わないのですが、少々お待ちいただくことになります」
「この時期に使う人間がいるんですか?」
自分たちは棚に上げてリアは言った。
儀典堂は特別な儀式のための部屋だった。広く何もない空間に一つの祭壇が鎮座する特異な場所だ。
儀典堂は求法院に一つしか存在せず、係員の許可がなくては使えない。互いをパートナーとして認め合った胞奇子と調制士が正式に盟約を結ぶための場所だ。盟約の儀は重要な儀礼なので妨げが入らないよう配慮されている。進行に際して相転儀を使うこともあり、能力を人目に晒さない目的もあった。
アルを連れたリアも儀式を執り行うためにこの場に来た。それでも、最終日のこの日に儀典堂を使用する人間がいるとは思っていなかった。
「…実は」
困り気味の笑みを浮かべて文礼員が話した内容によると、儀典堂が血で穢れたらしかった。何でも直前に利用したペアがおり、儀式を進行する過程で祭壇と床が血で染まったとのことだった。係員の不在と文礼員のせわしげな理由が判明していた。
…どんなマヌケがいたんだろ?
リアは思った。
確かに盟約の儀では儀式に挑む者の血が流れる。だが、必要な量はわずかだ。通常、祭壇に血が落ちはしても染まったりはしない。床ならなおのことだ。リアが呆れる理由だった。
ドロス…じゃないわよね。
広間での騒ぎからさほど時間は経っていない。この短い時間で調制士を探して儀式まで行なうには無理があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。