第10話 別れた髪飾り
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「ねえ、どこへ行くの?」
アルは腕を掴まれて引きずられるようにして廊下を歩いていた。
「文礼室よ。当たり前でしょ?」
リアは振り返りもせずに答えた。足早な進み方も変えなかった。
「文礼室って?」
「ここの運営を行なっているところよ。各種のスタッフが常駐してるわ」
二人が歩いている場所は広間から建物の奥へと進む回廊だった。ドロスが姿を消した場所でもあったが、遅れて入ったこともあってか人影は無かった。
回廊は大広間と求法院の本棟をつなぐ役割をしていた。大広間同様に磨きぬかれた石が敷き詰められており、幅広な造りで高さも人の大きさを優に超えていた。天井には細工を施した梁が、側面には梁とつながった柱と照明、飾り窓が連続している。飾り窓からは斜め前方に位置した場所にある翼棟とその前の庭園が見えた。彼方には城壁とでも呼ぶべき威容の構造物がある。間を埋めるのは広大な敷地だ。アルとリアは飾り窓の連続する回廊を進み続けた。
「そこへ行ってどうするの?」
「盟約の儀の手続きをするに決まってるじゃない。儀式の意味ぐらいは把握してるでしょ?」
「う、うん」
盟約の儀は、胞奇子と調制士の誓いの儀式だ。口頭で交わした約束を明確にすると同時に互いの魔力を交換して心身を結びつける。単なる契約以上の、重大で、厳粛な行為だった。
「でも、ぼく、儀式があるってことぐらいしか知らないよ?」
「十分よ。どうせ、これから実際にやるんだから」
「だけど、着替えだってまだだし」
「そんなのは後でいいの。さ、急ぐわよ」
リアの歩調がさらに速くなった。アルはバランスを崩して小さく声を出した。
「分かってるでしょうけど、今日は最終日なのよ? せっかく求法院に辿り着けて、あたしという調制士だって見つけたのに、すごすご帰りたいの?」
プレッシャーをかけられてアルは黙った。顔から困惑を消すとリアの速度に合わせて歩き始めた。二人は口をつぐんで回廊を進んだ。
回廊の終着点まで来ると、唐突にリアは足を止めた。
回廊は途中で円形の空間につながっていた。全ての胞奇子と調制士を集めて集会を開けそうなほどの広さとドーム状の屋根を持つホールだった。ホールは、アルたちがやってきた回廊の他に三つの回廊が接続していた。右には胞奇子の居住棟、左には調制士の居住棟、真向かいには本棟へ向かう回廊が伸びている。壁面には回廊と同様の飾り窓が並び、回廊と回廊の間の壁際に金属製のくずかごが置かれていた。上部に口の開いた筒状の頑丈そうな品だ。リアはその一つに近づくと片方だけになった髪飾りを静かに外した。
「えっと…、リーゼリアさん?」
腕を解放されたアルは立ち止まった理由が分からず、後姿に声をかけた。
リアは返事をしなかった。胸元のポケットからもう一つの髪飾りを出して手の平の上に置いた。ポケットの髪飾りは広間での騒動の後、元の姿に戻って床の上に落ちていたものだ。アルの腕を取る前にリアが拾い上げていた。髪のほどけた姿でリアは身動きもせずに見つめていた。
しばらく立ち尽くしていたかと思うと、リアは手の平をくずかごの上で傾けた。二つの髪飾りは空中で別れて中に消えていった。小さく硬い音が二つ響いた。
「行きましょ」
踵を返すとリアは再びアルの腕を取った。表情は声音と同じく硬かった。
「え? でも、髪飾りは?」
「あんなのが触ったものなんていらないわ。代わりなら、あるし」
アルの顔も見ずに返答をし、リアは本棟に向かって早足で歩いた。
「片方は違うんじゃ…」
「いいから。持ち主のあたしがいいって言ってるんだから、いいの。早く歩きなさい」
たしなめられてアルは黙った。リアは何も言わずに腕を引いた。
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