第7話 反撃
「ぼくは決まり通りに森を抜けただけだよ…」
「やかましいっ!」
少年の抗弁をドロスが一喝し、さらなる因縁をつけた。
「大体よお、何で王選びなんぞに参加しやがった? てめえみてえなチンケな野郎が頂点に立てると本気で思ってんのか? あ?」
ドロスが凶悪に目を細めた。顎をしゃくり、少年を見下ろして威圧する。少年は身を竦めながらも話を続けた。
「それは…」
少年の言葉が途中で止まった。俯く姿は何かの思いに捉われているように見えた。
「それは…、何だよ?」
ドロスが促すと、少年はようやく顔を上げた。
「…親が、死んじゃったから」
短く言って、少年は再び俯いた。ドロスが鼻を鳴らした。
「食い詰め者かよ。足場を無くしたからって成り上がろうとするのは結構だがな、それだけの理由で勝ち残れるほど王選びは甘かねえんだよ」
ドロスが一歩前へ出た。少年はびくついたように顔を上げた。
一連のやり取りをリアは冷めた目で見ていた。胸の中で膨らみつつあった感興は急速に萎んでいた。少年の受け答えも仕草も何もかもが評価できなかった。
情けないなあ。もっと毅然とした態度取ればいいのに。そんな居丈高なやつ、まともに取り合うのがそもそも間違いなのよ。…見込み違いだったかな?。
自信が少しぐらついた。
違う。表面に惑わされるんじゃない。内実を掴むんだ。
傾きかけた思いを建て直した。
他人が見ようとしないものを見る。見えているのに見落としているものを見る。
商人から身を起こした父親の教えだった。どちらも商売以外にも応用が利いた。
背丈が無く、身なりも粗末な少年は確かに貧相に見えた。生活を優先したと思える短い髪も余計に貧しげな印象を深めていた。
魔族は髪の毛を特別視する。魔力は魔族という種が具有する生命エネルギーであり、精神と身体双方に横溢して個体が活動を停止するまで突き動かす。精神における魔力の源は脳であり、身体は心臓だ。自己に付属する全てに魔力が宿ると考える魔族は生命の営みから生まれ出る事物を大切にする。中でも格別な扱いを受けるのが髪の毛だった。排泄物や老廃物とは異なり、人の一部となって生涯を共にし、美しさや気高さを付与するからだ。
ゆえに、魔族は性種に関わらず長い髪をしていることが多い。短い髪は魔力にまつわる伝聞を顧みない自信家か他の何かを優先した者、さもなければ社会の低層で肉体的な労働に依存して生活する人間と決まっていた。リアの視線の先で怯えたように身を縮こませた少年は明らかに後者だった。
海と山に、子どもと大人、いや、それ以上に差のある大男との対決か…。対照的にもほどがあるわね。
リアは傍観者を決め込んでいた。
でも、もしもあたしの見立てが正しければ―。
広間を注視した。
「着いてすぐにリタイアすりゃあ、諦めもつくだろうが! 開始を待つまでもねえ。オレ様が時間を節約してやるよ!」
ドロスが身構えて少年に接近した。足音が荒く広間にこだました。
次の場面は、少年に降りかかる惨劇に思われた。リアでさえ自らの観察眼に反する情景を思い浮かべた刹那、予想は覆された。
少年が反撃していた。
「やめろっ!」
悲鳴にも似た鋭い声が響き、少年の胸元を起点として白光が広がった。球状に広がった光は身を守るように腕を上げた少年を包み込み、全体を覆ってなお拡大した。光球の表面が、節くれだった五指を開いたドロスの手と接触した。
光球はドロスの手を受け入れなかった。手は少年に触れることなく弾かれた。
「うおっ!?」
予期せぬ出来事にドロスが呻いた。
拡大し続ける光球は腕を支点にしてドロスを押し戻し、攻撃の反動を加えて巨漢を弾き飛ばした。バランスを崩したドロスは床に尻餅をついた。広間に振動が伝わった。
「―!」
一連の事態を目撃したリアは衝撃に立ち上がっていた。
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