第8話 あたしと一緒に魔王になりなさい!
広間に響いた振動はすぐに消え、時を同じくして光の球は収束した。発生したのと逆の行程を経て、光の球は少年の胸元に吸い込まれるように消えていった。
後には気まずそうな顔をして立つ少年と呆気に取られた表情をしたドロスが残された。
広間を静寂が包んだ。
「テメエ…」
最初に空白から立ち直ったのはドロスだった。顔を怒りで歪めて立ち上がろうとした。紅潮が顔の色をどす黒く変えている。
次に動いたのはリアだった。
片方の髪飾りを外すとドロスの上に放り投げ、続く動作で手すりに手をかけて広間に身を投じた。同時に手すりを触媒にして階段を作ると延伸させながら駆け下りた。リアの相転儀だった。手すりの一部は指先で削り取り、スカートの脚の間を縫いつけるために使った。戦闘服を兼ねる制服のスカートは、そうすることで幅広で丈の短いパンツに変貌する。
「リア!?」
驚くレガートが背後で立ち上がっていたが、リアの意識は広間に集中していた。階段の生成と同期した移動は速く、途中で生成のスピードに追いつくと伸びきるのを待たずに二者の間目がけて飛び降りた。落差は小さく、リアの運動能力も手伝って姿は優雅ですらあった。
その間にも、髪飾りはドロス目指して落下しながら変形していた。急激に増殖して八つの方向に太く黒い支柱を伸ばした。支柱同士は同様の金属の棒でつなぎ合わされており、目の粗い格子を形成した髪飾りは拡大しつつ筒状に変形して巨大な檻を形作った。支柱の先端は杭のごとく尖っていた。檻はドロスを中に囲い込んで落ちると支柱の先端を床に食い込ませた。重く激しい落下音と着地の衝撃が広間を揺るがした。
「双方、それまでっ!!」
床に降り立ったリアは両手を開いて横に広げ、ドロスと少年を制した。
リアが、驚いた表情をする少年に視線を向けていると横で重い打撃音がした。目を向けると、ドロスが立ち上がって檻に掌底を叩きつけていた。檻は鈍い音を響かせるだけで震える様子さえ見せなかった。
何度目かの打撃を試みた後、ドロスは檻を形成する支柱を両手で掴んでこじ開けようとした。やはり檻の様子に変化はなかった。ドロスは支柱を引き続けた。歯をむき出しにして歪めた顔は力みのために紅潮した。
リアはドロスの抵抗を冷ややかな目で眺めた。わざとらしく両手を腰に当てると檻の中のドロスに向き直った。
檻に顔を押し当てたドロスが叫んだ。
「何だ、テメエはっ!?」
「テメエじゃないわ。リーゼリア・バザムよ。ドロス・ゴズン、そんなにあぶれるのが嫌なら、残った調制士の名前ぐらい把握しておきなさい」
痛いところを突かれたらしく、ドロスは顔を歪めると今度は腰を落として檻を持ち上げようとした。唸り声が響いた。
「無駄よ。あなたには見えないでしょうけど、その檻の脚は床の下でつながってるわ。あなたがやってることは自分で自分を持ち上げようとするようなものよ。って、聞いてる?」
忠告してもドロスは脱出をやめようとはしなかった。リアはため息をついて頭を振った。ドロスはひとまず置いておき、少年へと身体を向け直した。
少年は変わらず驚いた表情をしていた。遠目で見たよりも背丈はあり、リアとほとんど変わらない。頭半分足りないといった感じだ。片手から布袋が下がっている。古びて薄汚れた袋だった。近くで見るとジャケットの革も傷だらけだ。布袋同様にひどく傷んだ品だった。ボトムも着古してよれているし、靴も同様だ。しょぼくれて見えるのは旅の疲れのためだけではなさそうだった。
リアは少年の顔へと視線を戻した。
細く柔らかそうな栗色の髪の毛は日焼けして痛んでいた。その上に半端に伸びて、ところどころ毛先が跳ねている。肌も日焼けで黒い。目は琥珀色で薄い色合いをしていた。肉食獣が持つ瞳の色も少年の体格や仕草のために気弱そうな雰囲気を増すだけだった。
ぶしつけを承知でリアは少年を観察し続けた。
最初の印象通り、顔に傷はなかった。手も同様だった。かすり傷一つ見当たらない。リアは会心の笑みを浮かべた。胸を張ると少年を指差した。
「アンタっ! あたしと一緒に魔王になりなさい!」
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