第3話 レガート・ゼイル
「どうした、リア?」
愛称で呼ばれたリーゼリアは、同じテーブルで向かい合って座る一人の男性種に目を戻した。
男はテーブルに片肘を載せた手で顎を支え、覗き込むようにリアを見ていた。ウェーブがかった黒い髪を額にかかるようにして片側で振り分けている。後ろの髪の長さは首筋までしかなく、性別にかかわらず長い髪を好む魔族としては短かった。挑戦的な光を放つ瞳は黒く、髪の毛同様深い色合いをしていた。見つめていると闇を覗き込んでいるような気になる。皮肉げな口元と相まって気の強さが表情に出ていた。肌の白さは白色種の白だ。リアの黄色種の肌の白さとは違う。長身をリアと同じように黒の制服で包んでいた。
求法院に集った者は男性種も女性種も決まった制服を身につける。黒地に緋色の縁取りを施した制服は飾り立てているわけでもないのにひどく目立つ。ウエストを絞ったダブルの上着に対して男性種は白いシャツと紅いスカーフ、折り目の入ったボトムを合わせる。女性種はブラウスに紅く優雅なリボンを結ぶ。膝丈のスカートはフロントに二つの直線状のベント、両サイドにプリーツがあり、下に黒色のタイツを身につける。足元は共に革の靴だ。そのため素肌が見えるのは顔と首と手のみとなっていた。肉体を魔力の源泉と考える魔族は肌を露出することを極力避ける。長い髪を好むのも同じ理由だった。
男の名はレガート・ゼイルといった。リアと同じ統令地から参加者の一人としてこの地に赴いた。魔界は数多くの統令地によって構成され、さらに細かく分けた分令地によってできている。同じ分令地で生まれ、親同士に親交のあったリアとは幼い時からの異性種の友人だ。調制士としてピックアップされたリアとは求法院で合流した。初日に、しかもトップで到達したレガートと共に過ごすのも七日になる。
胞奇子となった男性種に調制士となった女性種、しかも長い年月を近しく過ごしてきた間柄となれば互いをパートナーとして認め合ってもおかしくなかった。しかし、未だ二人は盟約を結んでいなかった。リアの側で踏ん切りがつかなかったからだ。盟約を結ぶには正式な儀式が要る。
レガートは魔王となるに相応しい能力を備えている。それは幼少時からレガートを見てきたリアには自明だった。貴族としての血筋や容姿など、男性種としても優れた性質を合わせ持っている。パートナーとして認め得る相手であることは頭では理解できた。理解してなお、リアは選択を躊躇していた。なまじ長い年月を近くで接してきたのも阻害要因だったかもしれない。心情的には異性種であると同時に兄弟姉妹にも似た感覚だ。胞奇子と調制士は共に行動する時間が長く、関係性も深いために男女の仲となる事例も珍しくない。異性種として向かい合わねばならない状況を無意識の内に回避しているようにも思えた。
「あそこ。三十一人目よ」
リアは、レガートの側からは死角になっている広間の入口を指し示した。レガートが首を振り向ける。
「へえ」
冷笑をレガートは浮かべた。さして興味はなさそうだった。自身の反応との落差を振り払うかのようにリアは頬にかかる紅い髪を手で払った。
真紅の髪と真紅の瞳をリアは持っていた。しなやかで真っ直ぐな髪の毛は背まで伸び、毛先にわずかに丸みがあった。額にかかる前髪と耳の前の一房を残して横の髪は後ろに流している。留めているのは三つの翼が折り重なった形をした黒い金属製の髪飾りだった。
レガートは醒めた視線を三十一人目に向けている。声をかける気になれなかったリアは同じように少年を見つめた。
少年は入口から離れて広間へと進み出るところだった。遠慮がちな足運びで身を縮こめるようにして歩いている。ひどく気遣わしげな様子をしていた。そんな少年を広間にいる胞奇子と調制士たちもまた見ていた。
少年の歩みは広間の中ほどで止まった。歩くのをやめる頃には気もほぐれたらしく、布袋を片手に持ち直して天蓋や回廊に首を巡らせている。物珍しく思っているのが仕草や表情から分かる。
首を上向けた少年の視線と様子を伺っていたリアの視線がかみ合った。リアが頬杖をついた姿勢のまま見つめ返すと少年は困ったように目をそらせた。
…ふーん。顔はかわいいわね。
さほど感興をもよおすことなくリアは思った。魔王となる者に外見は関係ない。むしろ別の要素に感づいたリアは少年に興味を持った。
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