第4話 足りないもの

「随分と貧弱な到達者じゃないか」


 優越感を笑みに変えたレガートにリアは真顔で応じた。


「そう? …結構、やるかもよ」


「何を言ってるんだ、リア。見ただけで分かるだろ? どう見ても平民出身で、

相転儀の訓練だって受けちゃいない。ここに到達できただけでも奇跡さ」


 相転儀は魔族が持つ異能の力の総称だ。力の強弱や種類は異なるものの、全ての魔族が等しく持つ。しかし、社会の上層部を形作る貴族階級以外の民は生まれ持った力を使うことはあっても体系だった訓練を受ける機会を持たず、能力を開花させることなく生涯を終える。生活のためにほとんどの時間を費やすためだ。その一方で貴族にとって相転儀の修練は必須だった。治める領土は無論のこと、領土の集合体である一つの世界を統治するには時に力を必要とする。異能の力と魔族の性質のために日常でさえ争い事はついてまわる。貴族は社会の上層に位置するがゆえに力を行使する場面にもより多く遭遇せざるをえない。相転儀の訓練は、生活のための活動を必要としない貴族階級の特権であると同時に義務だった。


 リアは鼻から息を洩らした。


「分からないなら、いいわ」


 レガートの感想に軽い失望を感じていた。


 目を合わせた時に見た少年の顔は薄汚れてはいても傷がなかった。少なくとも離れていても分かるほどの大きな外傷はない。求法院を取り巻く森は凶暴な生物たちの巣窟だ。森を抜けることができたとしても無傷でとなると至難の業だった。相転儀による治療を受けても傷を負った痕跡は残る。ならば、傷のない理由は二つしかなかった。襲い来る外敵を無傷で撃退できるほどの手練か、さもなければ何らかの手段で攻撃を回避できる高度な能力の持ち主だということだ。


 その点で言えば、レガートも同じだった。求法院に到着した時も今と同じように涼しい顔をしていた。身体には傷一つなく、リアはその理由を知っていた。


 レガートは自分と並ぶかもしれない相手を目にしていながら資質に気づいていなかった。レガートの悪い癖だ。他者の性質を歪みなく見ることができない。なまじ能力に自負があるので容易に相手を見下すのだ。何かを過小に、あるいは過大に評価するのも対象を正確に把握していないという意味では同じだ。そして、対象を正確に把握できない者は判断を誤る。正しい判断を下せない者が魔王になれるとはリアには思えなかった。


 レガートの癖は己の目を自身で曇らせる愚かな所業でしかないのだが、過剰な自信で満たされたレガートは忠告に耳を貸さない。それどころか、忠告した者を目がないと言って逆に見下しさえするのだ。以前は諭していたリアも今では何も言う気にならなくなってしまった。


 …こういうところも嫌なのよね。


 リアは胸の裡に暗い陰が差すのを覚えた。


 レガートは異性種として好ましい性質を持っている。幼少時からのつき合いで互いへの理解も深い。だが、だからといって全てを受け入れているわけではなかった。


 最近、特に気になっているのがレガートの関心の持ち方だった。二人とも幼いままではなくなったということだろう。時にふと、粘りつくような視線を感じた。女性種のリアにとっては決して心地よい類いの関心ではなかった。


 …ま、あたしが女性種として魅力的なのが悪いのよね。


 強がりにも似た結論を導き、リアは心の陰を振り払った。 


 レガートと過ごした求法院での日々は、胞奇子と調制士が互いにパートナーを選び合う期間と重なり合っていた。その間、二人とも別の異性種と積極的に関わろうとはしていない。レガートは到着早々に名指しした程であったし、リアの側でも理由は明白だった。レガート以上の胞奇子が見つかるとは到底思えなかったからだ。


 それほどにレガートの資質は優れていた。確かにレガートには見過ごせない欠点もある。欠点を知ってなお、リアは他の相手を探す気になれなかった。それに、欠点があるなら矯正するだけだとも思っていた。調制士としての役目でもある。


 二人は一緒にいる機会が多かっただけで恋仲だったわけではない。『王選び』への参加が決まってからも落ち合う約束をしただけだった。だが、このまま互いにパートナーが見つからなければ、時間切れでペアを組む成り行きになるだろう。レガートもそのつもりだとリアは考えていた。初日に到着した時点で一度申し入れは受けている。


 レガートは小ばかにしたような目で少年を見下ろしている。リアは改めて横顔を見つめた。


 何だ? 一体、何が足りない?


 七日の間、繰り返した自問に響き返す答えはなかった。

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