【1000字小説】巣
八木耳木兎(やぎ みみずく)
【1000字小説】巣
俺は、この豪邸の不動産管理をしている。
しかしその肩書は形式的なもので、そもそも合法的にこの役職についているわけではない。
元より浮浪街出身の俺が、豪邸の管理なんて大層な職にありつけるわけはない。
今日も俺は金持ちで人のよさそうな家族を、外側だけ上品に取り繕って案内している。
キッチン、リビング、ダイニングといった各部屋を、一通り身振り手振りで紹介する。
そして、【もっとも紹介したい部屋】というていで、家族―――父母息子娘の四人を、最上階の屋根裏部屋へと案内した。
俺は三階に居座ったまま、余人を屋根裏部屋へと促した。
世界の闇の深淵を見たような悲鳴が、耳に響き渡った。
やがて何も聞こえなくなると、俺は屋根裏部屋へと上がった。
体長十五メートルほどもある怪鳥の首が、家族―――いや、かつて金持ちの家族だった肉片を貪り食っていた。
あの怪物は、俺にだけ見えている。
今日家族を玄関に招き入れたときも、巨大な怪鳥が屋根の上に留まっているのが見えていた。
俺がこの怪鳥と出会ったのは、元々ヤクザの組長の豪邸だったこの家に拷問のため連れていかれたときだった。
拷問の直前その怪鳥の存在を確認した俺は、何が何だかわからなかったが即座に怪鳥に命令を下し、その場にいたヤクザたちを皆殺しにさせた。
なぜこの豪邸を巣とする怪鳥が俺に出会う前にヤクザたちを喰わなかったのかはわからない。
もしかすると、俺という存在を一種のレンズとすることで、人間という食料を視認しているのかもしれない。
以降、俺は豪邸に来た人間を喰わせることで見逃してもらう、という一種の契約関係を怪鳥と築くことになった。
豪邸に招いた家族は食われて以降も【行方不明】という状況なので、銀行からは家賃が毎月俺の口座に引き落とされる。
結果今の俺は、怪鳥との命懸けの契約によって巨万の富を築き上げている。
しかし、その日は少し様子が違った。
皆殺しかと思われた家族に、生き残りがいたのだ。
部屋の隅で震えている娘の視線は、明らかに家族の肉片ではなく頭上の怪鳥の方に向いていた。
【餌やり】の三年間で、初めて見つけた【同類】だった。
「おい」
少女に、俺は声をかけた。
「今喰われるか、俺と一緒に人を喰わすか。好きな方を選べ」
選択肢を与えた。情ではなかったと思う。ただの興味だ。
それに対して、娘は俺から視線を逸らせて、背後の生き物と視線を交わした。
次の瞬間。
俺の背中から腹を、怪鳥の嘴が貫いた。
【1000字小説】巣 八木耳木兎(やぎ みみずく) @soshina2012
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