第5話 お母さんの手
コウタの話に、お母さんは驚いた顔をした。
「コウタ、この町にそんなに大きな黒い森はない。夢でも見たの?」
「夢じゃない! 大きな白い犬を連れたジンジに連れて行ってもらったんだ!」
「ジンジだって? 何処の? どんな格好の?」
コウタは懸命にジンジのことを話そうとしたが、頭の中に白い霧が広がったようになって、うまくジンジのことを思い出せない。
「やっぱりコウタの夢? それとも、お母さんにウソをついているの?」
「ウソじゃない! 居たんだ、おおかみが……」
そう言いかけて、コウタはジンジとの約束を思い出し、ちいさな手で口を塞いだ。
「そうだ……おおかみなんて居るわけない。でも、おれはウソなんかついてない……」
言い直したコウタの声は震えていた。大きな涙がぽろぽろと溢れる。
お母さんはコウタをそっと抱いて、頭を撫でた。それからコウタの背中をポン、ポン、ポン、とゆっくりと叩きながら子守歌を歌い始めた。
コウタはお母さんに抱っこされながら眠くなっていく。ポン、ポン、ポン。お母さんの手で背中が温かくなる。
……不思議なジンジ、白い大きな犬、黒い大きな森、そしておおかみ……たくさんのことを思い出しながら、コウタはいつの間にか眠ってしまった。
……コウタは夢を見た。
おおかみが走る黒い森は、お日様の光でキラキラと輝く緑の森となり、森から吹く風は田んぼや畑、コウタの住む町へも届いた。
緑の風を浴びたコウタは、ニコニコと嬉しそうに笑っていた。
了
大神 こうえつ @pancoo
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