第4話 聞いたことのない声

 お腹がふくれたコウタは、また歩き始めた。時間もだんだん遅くなり、山が夜の衣で被われていく。夜になるといつも、コウタは走って逃げてきたけど、今日は夜の衣が、全てを影で被ってしまうのをじっと待つ。


 すっかり夜の衣に被われた山には、何者をも入れない空気が流れ始めた。月が昇り、雲の隙間から青い光で森の木を照らす。夜の風が草木を揺らして奇妙な音を立てる。雲を破って大きな月が現れた。月の青い光が、奥にある大きな黒い森を、微かに浮かび上がらせる。


 ウォォオオオオオン。


突然、黒い森から獣の鳴き声が聞こえ、コウタはビクっと震えた。


「ジンジ……おれ、こんな声聞いた事ない」

 ジンジはコウタの頭をぽんと叩いて、ここで待っているようにと言った。白い大きな犬がコウタを守るように近づいてきた。


 その様子を見て、ジンジは一人、山道を奥へと進む。ジンジが黒い大きな森に向かっていくと、鳴き声の相手も、こちらに向かって近づいてきた。遠くで微かに草が擦れる音がする。光る二つの目が見えた。だんだんと近づいてくる。雲の隙間から月の明かりが差し込むと、光る目の、その正体を浮かびあがらせた。


 白く輝くような銀色の体。青く光る目。大神はゆっくりと、ジンジに近づき、確かめるように匂いを嗅ぎ、その周りを回る。動くものは何もない……音も聞こえない。息を吸うのも、ためらわれた。ピーンと張りつめる周りの空気。


 そしておおかみたちが現れた。ジンジの近くで群れを守るオスたち、その後ろには小さな子供とメスたちが見える。そして群のもっとも奥に、一際大きい黒いおおかみがいた。ジンジは、まるで古くからの、友達に会うかのように、大きな黒いおおかみを見ていた。


 どれくらい経ったのだろう。短い時間? 長い時間? この山では、時間は時計で計ることができない。コウタには、とても長い時間に感じられた。


 大きなおおかみが急に向きを変え、森の奥へと歩き出す。他のおおかみも、大きなおおかみの後に続く。黒い森へ帰るおおかみたちの姿は、だんだんと薄くなり、ついには消えてしまった。


「……ふぅううううう~はぁあああ~」

 コウタが大きなため息をついた。緊張して、殆ど息をしていなかったようだ。

「ジンジ、アレがおおかみか? 俺は“山の神”を見たのか?」

「アレが“山の神”おおかみなら、おまえはどうする? ぺらぺらとくだらないことを話すのか?」


 もし、おおかみが生きていると知られたら、ここは興味本位の人々によって荒らされ、大神の山は消えてしまう。コウタは、ジンジの目を見ながら、ニッコリと笑った。


「あれは……山犬だ。おおかみはいなかった……でもジンジはウソつきじゃない」

 ジンジはうなずき、コウタの頭を撫でた。

 ウォォオオオオオン。


月の青い光が照らす黒い森に、”山の神”の声が響きわたっていた。


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