第3話 山の幸

 コウタはそれからも時々、ジンジと山で出会った。ジンジはコウタに、山の不思議な話や、おいしい食べ物を教えてくれた。


「おうおう、そうだ。さっきとった、山のお菓子があった。コウタにやろう」


 そう言ってジンジが背負った袋から取り出したのは、アケビだった。真ん中からぱっくり割れ、白い芯が見えている。コウタはアケビを受け取ると、芯の白いところを食べる。


 いつもコウタが食べているお菓子やジュースとは全然違う、みずみずしい甘さとゼリーのような感じが、コウタの口いっぱいに広がった。でもすぐになくなり、じゃりじゃりとした小さな種だけが口の中に残る。コウタは道ばたへ向かって、ぷっと口から種を飛ばした


「ジンジ、これでアケビはまた生えてくるかな?」

「ああ、生えてくるぞ。コウタはアケビが好きなのか?」

「うん。でもアケビは食べるところが少ないよ」

「何でも少し足りないくらいが一番いいんだ」


「何で? おれは腹一杯食べたい。それにスイカもアケビも、種がないのがいい。その方が絶対、食べやすい」

「山はコウタにお菓子をくれた。食べ終わったら、山のお菓子、アケビのタネは土にまいてやるんだ。またアケビが育って、動物や人が食べられるようにな。だからタネは大事なんだ」

「えっ? 動物もアケビを食べるのか?」

「ああ、食べるぞ。動物も人も、山のお菓子が大好きだ。それをみんなで食べないで、一人だけで食べてしまうと“山の神”に怒られる」


「“山の神”が怒る?」

「こうしてお山が良い天気なのも、コウタと話が出来るのも“山の神”が、ここに居るのを許してくれるからだ。コウタ、“山の神”を見たことはあるのか?」


 ……夕日が落ちる前、それまで楽しかった山を、急に怖く思うことがあった。時間を忘れて遊んでいた山に、夜が大きな影の衣をかぶせる。その衣に追いつかれたら、何か恐ろしいことが起こりそうで、いつもコウタは目を閉じて、急いで家へと走った。


 ブルッと震えたコウタを見て、ジンジはコウタの頭を撫でた。


「そうか、コウタには分かるのか……ならば会えるかもな」

「ん? 会える? 何に会えるんだ?」

「“山の神”、大神に会える」

「おおかみ? おおかみって犬みたいな動物のこと? そんなの居るわけない! 学校で聞いたし本で見たぞ。おおかみは悪い獣で、もう居なくなったって……ジンジは嘘つきだ」


「そうか、おおかみは悪い獣で居なくなったか……本にはそう書いてあったか。友達がそう言ったか。ハハ、じゃあ、本当かどうか、探しに行くとするか」

 ジンジは笑い、白い大きな犬と一緒にコウタの前を歩き出した。



「うんせ、うんせ……はぁあ、はぁあ」

 コウタは大きく息を吸いながら、ジンジと白い犬に続き、ついていく。初めて通る険しい道、獣道を、ジンジは先へ先へと進んでいく。

「はぁあ、はぁあ」


 コウタにとって、山の奥を歩くのは大変なことだった。お昼になった頃、ハラペコになったコウタは、草が長く延びる道ばたに、ぺたんと座りこんでしまった。ジンジは白い犬に、コウタを見ているように言うと、林の中に消えていった。白く大きな犬は、しばらくの間、道ばたに寝転ぶコウタを、まるで弟を見るかのように、優しい目で見守っていた。


 コウタのお腹の虫が鳴き出した時、芹、山シメジ、マイタケなど、山のご馳走を持ったジンジが帰ってきた。ジンジは背負った袋から小さな鍋を出すと、近くを流れる冷たい山の水をすくう。火をおこし、取ってきた山のご馳走を鍋に入れ、火にかけた。それから醤油を垂らし、ご飯を練って作った団子も入れた。


 味付けは醤油だけなのに、凄くいい匂いがしてきた。山のご馳走は、それだけでとってもいい匂いと、美味しい出汁が出る。山のご馳走が煮えるいい匂いに、たまらなくなったコウタはガバッと起きた。 


 ジンジは、木の枝をナタで削って、山の箸を作った。箸をもらい、コウタは山のご馳走を食べる。


「モシャモグモグ、ズズズィィ、旨い。コレ美味しい!」


 コウタは美味しそうに、夢中で山のご馳走を食べる。ジンジはそんなコウタの姿に嬉しくなり、思わずコウタの頭を撫でた。

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