第2話 不思議なジンジ

 コウタが山で遊んでいると時々、大きな白い犬を連れたおじいさんに会うことがあった。コウタはおじいさんのことを、ジンジと呼んでいた。


 初めて会った時、ジンジは「おや?」という顔をして、まるで特別なものを見つけたかのように、コウタに話しかけてきた。


「一人で山歩きか? 山菜でも取りに来たのか?」


 学校の先生やお母さんに、知らない人と話しちゃダメと言われていたが、盆地にある古い町では、知らない人がいることはほとんどない。だからコウタはジンジに返事をした。


「修行に来た」

「修行? 何のだ?」

「ばあちゃんの荷物を持つ修行だ」

「ほう、それは感心だな。おまえにはばあちゃんがいるのか」

「いる。それにおれは、おまえじゃない。コウタって名前がある」


 ジンジはコウタの言葉を聞いて嬉しそうに笑った。その笑い方は、どこかばあちゃんに似ていた。


「そうかそうか。ならコウタ、山の修行の先生はいらぬか?」

「先生? 山に先生なんかいるのか?」

「ああ、目の前に二人もいるぞ」

「ん? じいちゃんのことを言っているのか? あと一人は誰だ?」

「ほれ、ここに立派な先生がおるだろ?」


 ジンジの横にいる大きな白い犬が、ハアハアと舌を出しながら、コウタに近づいた。

「うぁあ、なんだおまえ!」


 大きな犬が怖かったコウタは、後ずさった。ジンジは大きな声で笑い、白い犬の頭を押さえながら言う。


「山の修行の基本、”恐れること”は出来ているようだな」

「べ、べつに、怖いわけじゃない!」


 コウタは白い犬から離れるように後ずさろうとする足を手で押さえて、ぐっと我慢すると、その場に立ち止まった。


「はっはっは、修行の基本、”勇気を持つ”も出来ているようだな」

「あ、あたりまえだ。おれは、ばあちゃんのカゴを持つんだ。だいたい熊でもない、ただの犬にビビったりしない!」


 うんうん、とうなずきながらジンジは言った。


「そうか、コウタは勇気があるな。この犬は熊を狩る。つまり熊より強い犬だ」

「え、それは本当? うぁあああ!」


 ウァン、と返事をするように吠えると、白い犬はコウタに飛びついた。ジンジの言う勇気ある者にはまだ遠いコウタは、いきなり飛びつかれたことに驚いて、地面にすとんと腰を落としてしまった。


「うああ、ちょっと、やめろよ……うわ、くすぐったい」


 大きな白い犬はコウタの顔をぺろぺろと舐める。やがてだんだんと緊張がとけたコウタは笑い、小さな手で白い犬の頭を撫でた。それを見ていたジンジはコウタに言った。


「人は見かけではわからない。その犬はコウタが困った時、今覚えたおまえの臭いを探し、今聞いたおまえの声を聞き分けて、例えコウタが何キロ離れた場所にいたとしても、おまえを探し出すだろう」


 コウタはジンジの話に顔を上げた。


「どうだ、コウタ。その犬は立派な先生だろう? おまえが迷子になった時の先生だ。はっはっは」

 ジンジの話を聞きながら、コウタは白い犬の太い首すじを抱え、大きな耳の辺りを撫でていた。

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