大神

こうえつ

第1話 裏山

 そこには武士の時代に亡くなった幼いお殿様のお墓があった。黒い塗料で塗られた木の柱が数十本、地面に打ち込まれて、お殿様のお墓を囲っている。お殿様のお墓の横には家来だったと思われる人のお墓がいくつも並んでいた。


 コウタは山に入る時、いつもここでお殿様へ手を合わせて挨拶をしていた。お墓は暗くて怖い場所だったけど、自分と同じくらいの年で亡くなった小さなお殿様をコウタは、ちょっと身近な存在のようにも感じていた。


「今日も山に入りますので、ここを通らせて頂きます」


 両手を合わせて目をつぶり、小さな声でお願いする。しばらくして目を開けると、お殿様のお墓の門から出て、小さな山の道を歩き始める。

 山はコウタにとって楽しい遊び場だった。友達と一緒に遊ぶことも嫌いではなかったけど、こうして一人で山に入るのは、友達と遊ぶ以上に大好きなことだった。


 コウタの住む東北の奥にある盆地は、ぐるりを山が囲んでいる。家の建つ直ぐ側に、今でも強い緑が残る山があった。


 コウタが山に入るようになったのは、ばあちゃんの影響が大きい。ばあちゃんの家は農家で、家族はみな毎日、朝早くから働く。春は明け方の三時、四時に起きて山に入り、山菜を採る。ばあちゃんはコウタをとても可愛がり、コウタもばあちゃんが大好きだったから、自ずと、ばあちゃんが行く場所にはコウタもついて行くようになっていた。


 七十歳を越えて腰も大きく曲がったばあちゃん。それでもその足は確かで、八歳のコウタには、ついていくのが大変なくらいだった。


「コウタが一緒だと楽しいね」

 息を切らして真っ赤な顔でついてくるコウタを見て、ばあちゃんは嬉しそうに笑う。たぶん、遅れて歩くコウタがついて行かない方が、山菜はたくさん採れるだろう。それなのに、ばあちゃんの顔は嬉しさでいっぱいに見えた。


「おれ、大きくなって、ばあちゃんの荷物を背負う」

 山菜をかごにたくさん採って背に担ぐ、ばあちゃんの姿を見る度に、コウタは大きな声で約束した。ばあちゃんは、うんうんとうなずいて、コウタの頭を撫でていた。


 やがてコウタは、ばあちゃんとの約束を果たすために「山の修行」と言って、出来るだけ山に入るようになった。そんなコウタの姿を見て、お母さんは少し心配そうだった。


「コウタ、山に一人で行くのは危ないよ」


 そう言われても、コウタは引き下がらない。だって大好きなばあちゃんとの約束がある。普段はおとなしく内向的な性格なのに、コウタには一度言い出したら簡単には折れないところがあった。お母さんはそれも良く分かっていたから、お互いの意見の真ん中を取って提案した。


「仕方がないわね。じゃあ、こうしましょう。出来るだけ一人では山に行かない。もし行くとしたら、家の後ろの山にしなさい」


 家の裏の山は、頂上まで歩いて二十分くらいの小さな山だった。お母さんがコウタを子供扱いするのが、コウタは少し気に入らなかったけど、「分かった」とうなずいた。まだ八歳のコウタには、山はちょっと怖いものだったから。


 怖いのは、お母さんが心配しているケガや迷子のためでなく、時々山の中で感じる、ざわっとした、何とも言えない不思議な感覚だった。コウタはそれを「山の衣の影が追いかけてくる」と話したが、友達もお母さんも、コウタが何のことを言っているか分からず、首をかしげるだけだった。

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