虐待シンメトリー
たもたも
第1話 虐待シンメトリー
夜みたいな朝だった。
ベッドから上半身を起こした私は、やけにすっきりした頭で時計を見つめた。アナログ時計が指す時間は、いつも起きている時間より三十分も早い。不思議なこともあるもんだ。これなら今日は殴られずに済むかもしれない。
リビングに行って、バターを塗ったパンを焼く。苺のジャムが欲しいけれど、伯母さんはそういう類を絶対に買ってくれない。
カーテンも開けずに三人分の朝食を用意する。一番焦げ目が綺麗なのが伯母さんで、二番目が伯父さん。そして、一番焦げてるやつが私の。サラダにはミニトマトを乗せて、伯母さんのにはマヨネーズをかける。これで毎食後にダイエットサプリを飲んでるんだから笑いものだ。豚に真珠、伯母さんにダイエットサプリ。
最後にアイスコーヒーとカフェオレを作るんだけど、そこで私はヘマをした。食器棚に手を伸ばした時に、伯父さんのお気に入りのカップを落としてしまったのだ。
カップがフローリングにぶつかって断末魔をあげる。私も同じタイミングで叫んだ。終わった。今日も殴られてしまう。
ドカドカと天井が音を立てる。降りてきたのは、やっぱり伯母さん。手には愛用の竹ぼうきを持っている。鬼に金棒。伯母さんに竹ぼうき。
おはようの挨拶代わりに、しこたま殴られる。もう何にも感じない。たしかに痛いけど、私の心は擦り減る箇所すらなくなったみたいだ。
でもやっぱり腹が立って、近くにあったものを投げつけた。伯母さんの顔にクリーンヒット。痛みで理性を取り戻したのか、伯母さんが覆いかぶさるように抱きついてきた。それ以降殴られることはなかった。
そんなこんなで、私のすっきりとした目覚めと三十分の余裕は霞と共に消えた。早起きは三文の徳というが、綺麗ごと言ってんじゃねーぞって感じ。寝てた方がよっぽど幸せだよね。
食欲がなくなったので、その他の身支度を済ませて外にでる。
知らないお姉さんからのおさがりシューズは、かかと部分が潰れていて履きづらい。知らないお姉さんにヤンキー属性が追加される。
夜みたいな朝だった。私の顔は腫れているのに、空は黒い雲に覆われている。太陽は影も形もない。いや、太陽に元から影はないか。
学校行きたくないな、なんて考えながら足は学校の方に向かっている。私の日常は、いつも小さな矛盾を孕んでいる。
学校に着いた頃には、月明りが出ていた。おかしいな。私は夜みたいな朝に登校したはずなのに。まだ一時間も経っていないはずなのに。
教室の中は誰もいない。いつもこんな感じだ。毎日通学している真面目さんは私くらいしかいない。
そう思っていた矢先、人の気配がした。
コロコロと車輪を転がして、俯きがちの男が入場。名前は知らないけど、その人は膝から下が無いことだけは知っている。車いすに乗ってまで来るような楽しい所じゃないと思うんだけどな。
「……ねぇ」
「はーい!」
「……なんで、そんなに血まみれなの?」
「……なんでだろ?」
車いすの男が言うように、私の手は血で濡れていた。おかしいな、痣は出来ても血が出たことはなかったのに。
手洗い場に行く道中、何人かの学生とすれ違った。お猿さんみたいにわめき散らす人や、杖で頻繁に地面を突いて歩く人。なんでそこまでして学校に来るんだろう。やっぱり、楽しいからなのかな。
蛇口を捻って、血を洗い流す。綺麗になった手を確認したが、内出血はしていても、血が出ている様子はない。
不思議に思って、体の隅々を調べてみる。でもやっぱり、痣しかない。
私は考えるのがめんどくさくなって、教室に戻ろうとした。その時、後ろから肩を叩かれる。
「東警察署のものですが」
「はーい!」
「つい先ほど……お宅の伯母様が死体で発見されました。お話が聞きたいのでご同行願えますか?」
寝耳に水だった。いや、そんなことはないか。寝ている時に耳に水を流し込まれる方が百倍嫌だ。
「嫌です」
「あなたは容疑者の一人です」
そう言って、屈強な体の警察官は私の手をガシっと掴んだ。痛い。私の痣が見えないのか。
そのまま警察署に連れて行かれて、その何日か後に裁判が行われた。私に発言権はなく、当然のように実刑判決が言い渡された。おかしいな。私は何もしてないのに。えんざいってやつだ。
でも、なにやら刑期を短くしてくれるらしい。せいしんしっかんでじょうじょうしゃくりょうのよちがあるんだって。気弱な弁護士が内容を簡単に説明してくれた。おかしいな。冤罪なのに、情けで刑期を短くしてやるだなんて。悪徳商売みたいだ。
そこから私は、一人牢屋の中で過ごした。たまには外の空気も吸えるけど、行動範囲は限りなく狭い。おかしいな。伯母さんは私を何度も殴ったのに無罪で、私はたった一度、なんてことない反撃をしただけで冤罪だ。
私の人生は、常に矛盾を孕んでいる。
虐待シンメトリー たもたも @hiiragiyosito
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