第6話 休み時間
10分休み。
「もう、和泉くんなんて知らない!」
そう、「ふん!」とぶー垂れながら玲子は屋上の角の方の壁に体育座りしていた。
どうやら質問攻めで、もみくちゃにされたらしくあちこちの髪が飛んでいる。
「ご、ごめんって、後でジュース奢るからさ」
僕はとっさにご機嫌取りを始めたが、助けられなかった、否、助けなかった罪は意外と重いらしく、そう言った僕の顔を玲子は恨めしそうにじぃーーっと睨みつけていた。
すると、彼女はピンク色に輝く唇を突き出す。
「それよりチューが良い。」
何をトチ狂ったのかそう呟く玲子。
「え?」僕がその呟きの真意を聞き出そうとした瞬間、
「…っ、嘘よ」
思ったより恥ずかしかったのか目を逸らして、玲子は否定した。
何それ可愛い、その表情を写真に撮って永久保存したい。
するとふと、ポケットからケータイのバイブレーションを感じる。
「どうしたの?」
「メールみたい。……ああ、」
メール相手は隼一だった。メールの内容は『そろそろ始まる、はよ帰ってこい。』との事。時計を見るとあと2、3分程で授業が始まる時間、たしか次は古典か…次の授業にため息を吐くが、遅刻はまずい、とりあえず玲子に向き直る。
「玲子は次の時間、数学だったか?」
「え、うん、そうだけど。」
「そっか、なら、そろそろ戻らないとな。時間も時間だし、」
そう言いながらケータイの時計を見せる
「あ、そっか、」
玲子はそう呟くと、立ち上がる。寄りかかっていた壁を離れると少し落ち着いた様子で肘を叩いた。
「とりあえず、今日一日、静かに過ごしてみる。まだ元女優だってバレたくないしね。1人でも大丈夫だから安心して、他の男に靡くような事は絶対ないから。」
そう言った瞬間、玲子は僕の胸ぐらを掴む。
「だ、だから!…貴方も私を嫉妬させないで、」
そう言った彼女の目は渇望に満ちていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「実は最近出てきたアイドルがやばいんだよ!!日暮アサヒちゃんって言うんだけどな…」
昼休み、玲子から手渡された弁当を食べながら興奮した様子の隼一が語ってくる豆知識に耳を貸す。こうなったら隼一は止められない。僕は仕方なく、今日でその話は20回目だと話してもきっとやめないであろうそのアイドル知識に何気なしに耳を傾けていた。
誕生日が6月6日だ〜とか、ライブの映像で近くの装飾と比例して計算してみれば身長が156センチだ〜とか、バラエティー企画でのトランポリン実験の陥没から計算してアサヒたんの体重は〇〇キロだ〜とか、正直ちょっと引きながら聞かなくては自分の正気を疑ってしまう様な話ばかりだが気にしなければどうと言う事はない。
「でな!……って、そういや、お前今日弁当なんだな、」
いきなり正気に戻るのはやめて頂きたい。心臓に悪い、
そう思いながらも、隼一の言葉を返そうと必死に言葉を探する。
「あ、ああ、実はな、同居人が増えてさ、その人に作ってもらったんだ。」
そう軽く言うと訝しむ様に隼一は呟く
「へぇ、同居人…、男?女?」
「女の子だけど、」
「ホホウ、女の子の同居人ねぇ、羨ましい事この上ないねぇ、アニメかな?」
隼一はニヤニヤと笑ってみせると、僕の弁当から唐揚げを一つ摘んで見せた。
「お、おい、」
「ケチケチすんなって、弁当の半分を唐揚げが占めてるんだ。一個くらい良いだろ。もし、不満だったら帰りに唐揚げちゃん買ってやるから、」
「唐揚げちゃんが割に合わない。」
「どんだけ、高く買ってんだよ。」
そう言いながら隼一は摘んだ唐揚げをパクッと口にする。多分彼自身は気づいていないだろうが"それ"は少し前まで有名女優(現実で言うところのガッキ(((殴)だった女の子の手料理だ、そりゃあ高く付くに決まっているだろう、しかもこの間まで料理番組を持っていたのだから味は保証できる。これが神の料理というやつか。
そう考えながら、しばらくして隼一の方を見た瞬間、咀嚼とともに動いていた唇が、
止まった
「…隼一……?」
「なん…やねん…コレ…」
なんだか美味過ぎて語彙力が消えたらしい。
「おい、エセ大阪弁やめろ。怒られるぞ」
「んな事どうだってええ、なんやこれ、プロの仕業か?」
そう唐揚げの隅から隅まで食い入るようにみる隼一。概ね合っているような答えに苦笑しながら僕はまた唐揚げを摘む。
うん!レベチ。
「お前…マジかよ、女性の、しかもここまで料理がうまい人が同居人にいきなり来るとか羨ましいってレベルじゃねぇぞ。チートだよ、チーターだよ、その人」
「チート…まぁ、ある意味ではあってるよな。」
「は?チート許さん。チートコードよこせデバッグしてやる。」
「…ごめんな、現実はデバッグできないんだよ。」
「なん……だと…!?」
隼一は現実の辛さを噛み締めると悲しそうに「平等ってなんだっけ…?」と呟いた。
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