第32話:桜木君も一緒に行かない?
***
体育館での始業式が終わり、教室に戻って来て、ホームルームも終わった。
今日は部活もないので、三々五々帰宅して行く者が多い。
鈴村さんはと見ると、カバンを肩にかけて教室を出て行こうとしている。
──ヤバい。
声をかけて入部の話をしなきゃ。
俺も慌ててカバンに筆記具を突っ込んで、教室の出入口に向かって歩く。
後ろの方で固まって話をしているリア充四人組の横を通りすぎようとした時、天使の一ノ瀬さんが柔らかな笑顔で俺に声をかけてきた。
「桜木君はもう帰るの?」
「あ、うん」
「私たちこれからカラオケ行くんだけど、桜木君も一緒に行かない?」
──え?
早く鈴村さんを追いかけなきゃ。
そう思うけど、一ノ瀬さんのあまりに衝撃的なセリフに、思わず立ち止まった。
なんと。
驚きのお誘いだ。
「おっ、いいね。行こうよ桜木」
倉木も誘ってきた。
三ツ星はちょっと驚いた顔をしてる。
どうしようかと一瞬迷ったけど──
鈴村さんに文芸部入部の話をするのは明日でもできる。
だけどこのリア充メンバーとカラオケに行くなんてのは、今断ったらもう機会はないかもしれない。
花恋姉からも、なにかイベントごととかクラスでの会話とか、積極的に参加するようにって言われてる。
ましてやこのメンバーなら、俺がコミュニケーションを取るトレーニングとしてももってこいだ。
ちょっとビビるけど……よし、やってやろうじゃないか。
「あ、うん。行くよ」
「よかった」
一ノ瀬さんは目を細めて微笑んだ。
やっぱ相変わらず、可愛いな。
「え? マジかよ?」
なぜか三ツ星が不満げな声を上げた。
「ホントに行くのか桜木?」
「え? ああ、まあ」
「なんだよ。断るかと思ってた。お前まさか、俺たちのグループに入りたいとか思ってるのか? 急にイメチェンしたし」
は?
俺たちのグループ?
別にそんな気はないけど。
三ツ星の言葉に違和感を感じていたら、一ノ瀬さんが「こらこら三ツ星君」とか言って、三ツ星を睨んだ。
睨んだと言っても不快そうな表情じゃない。優しく微笑んで、柔らかい口調でたしなめるというか、そんな感じ。
こらっ、って感じの表情までもが天使成分に溢れている。
「私たち別にサークル活動じゃないんだから、入るとかそんなのないでしょ。同じクラスなんだから、仲良くしたらいいじゃない」
「え? それはそうだけど……」
「それに桜木君の変身の秘密も聞きたいし。興味あるなぁ。ね、桜木君」
「あ、いや。変身の秘密なんて……」
なんと説明したらいいのか戸惑う。
だけど興味があるって言ってくれるのは嬉しいよな。
やっぱ一ノ瀬さんっていいなぁ。
「ま、とにかく行きましょ。アカリンもいいでしょ?」
「あ、うん。みんながいいって言うなら私は……」
磯川さんはニコニコしながらも、チラと横目で三ツ星を窺うように見た。
やはり磯川さんって、かなり三ツ星に気を遣ってる様子だ。
リア充四人組ってひとまとめに言っても、きっと何か複雑な人間関係があるんだろうなぁ……なんて思った。
「ああ。まあいいよ。とにかく早く行こうぜ」
三ツ星が渋々そう言って、俺たち五人は教室を出た。
そして駅前のカラオケ店に向かった。
***
下校路を五人で歩いてカラオケ店に向かう。
五人でと言っても、他の四人が楽しげに夏休みの思い出なんかを話す中で、俺はほとんど喋れずにいた。
なんとかして会話に加わろうとするんだけど、そんな隙間もないほど四人がよく喋る。
──うーん……
この中に入ってキチンとコミュニケーションを取るのはハードルが高いな。
俺にはまだ早すぎたか……
「あ、そうだ桜木君。さっきの話だけど」
「え?」
四人の話が一瞬切れた時に、ふと一ノ瀬さんが俺に向いて話しかけてきた。
「かなりイメチェンしたよね」
「あ、そうだね」
「それって何か、心境の変化でもあったの?」
「まあね。俺もやっぱ身だしなみは気にしないとって思って」
「そうなんだ。いいことよね」
一ノ瀬さんはにこやかに、そう言ってくれた。
ふうっ。なんとか会話のキャッチボールはうまくいってる。
たかだかこんな会話だけど、こんなにスムーズに答えられるなんて。
今までの俺からしたらグレートな出来栄えだ。
なんて思ってたら、倉木が話しかけてきた。
「桜木。好きな子でもできたか?」
──ドキっ。
いや、こんな質問は想定の範囲内だ。
「べ、別に。そんなことはないよ。あはは」
ヤベ。ちょっと噛んでしまった。
それに不自然な笑い。
好きな子ができたことを暗に認めてるような態度だな。
どうリカバリーしたらいいか。
えっと……
「それにしても、なかなかいいよねその髪型。爽やかで。表情もキリリとしてるし」
ああ、またふんわりとした風のように優しい一ノ瀬さんの声。
いつも俺が困ってると、いいタイミングで助けてくれるんだよなぁ。
たまたまなのか、意図してなのかはわからないけど。
「ありがとう一ノ瀬さん」
できるだけ爽やかな笑顔を一ノ瀬さんに向けて、魔法のワード『ありがとう』を返した。
けどさすがに一ノ瀬さん相手では、より一層緊張する。かなり引きつった笑顔になってる。
「まあでも付け焼刃でカッコつけても、似合うとは限らないけどな」
うわ。また三ツ星か。
コイツ、俺になにか恨みでもあるのか?
なんでいちいち絡むんだよ。
ちゃんと爽やかに言い返してやる。
そうは思うものの、三ツ星のいかにもリア充って感じのイケメンと、大きな身体の圧に押されて、いい言葉が思い浮かばない。
正直言ってビビってる。
こんなヤツ相手に、俺は上手く言い返せない。そんな弱気が頭をもたげる。
いや待て。
ビビるな。『枯れ尾花』だ。
どんなにすごいヤツに見えても、きっと弱みもある。
必要以上にビビるな。
三ツ星だって一ノ瀬さんに何か言われて、言い返せないこともよくあるじゃないか。
コイツは決してコミュニケーションモンスターなんかじゃない。
俺と同じ高校二年生だ。
まあイケメンだしモテ男だし、サッカー上手いけどな、あはは。
いや、俺だってイラスト描かせたら負けないぞ。
「そうだね。俺なんかまだまだファッション初心者だし。これからもっと勉強するよ」
おお。当たり障りのない返答ができた。
ホッとしていたら、横から天使の声。
「いや、そんなことないよ。似合ってるよ」
うわ。また一ノ瀬さんが嬉しいことを言ってくれた。
「そおかぁ?」
三ツ星はちょっと不服そうだけど、それ以上は何も言わない。
よし。割といい流れだ。
このままカラオケ店に行っても、がんばって会話をしよう。
──なんて思った瞬間。
「あれ? 亜香里ちゃん? みんな揃ってどこか行くの?」
後ろからそんな声が聞こえた。
振り向くと──なんとそこには笑顔の花恋姉が立っていた。
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