第33話:花恋姉は行きたがる

「あれ? 亜香里あかりちゃん? みんな揃ってどこか行くの?」


 後ろからそんな声が聞こえた。

 振り向くと、なんとそこには笑顔の花恋姉が立っていた。


 なんで?

 なぜここに花恋姉が乱入してくるわけ!?

 俺と花恋姉は学校では関わりのないフリをしてるのに?


 俺はパニクりかけた。


「あ、花恋かれん先輩!」


 そう言えば。

 磯川亜香里さんはテニス部。

 花恋姉の後輩だ。


「今からみんなでカラオケ行くんです」

「お、いいね、カラオケ。楽しそうだね」


 花恋姉は俺には何も言わない。

 あくまで磯川さんの先輩として声をかけたってていだ。


 でも俺が一緒にいるのをわかってて、なぜ花恋姉はわざわざ声をかけてきたんだ?

 俺がどんなふうにコミュニケーションをしてるか、確かめるためとか?


 花恋姉と磯川さんが話してるのを見て、三ツ星が倉木に小声で話しかけてる。


「おい。我が校ナンバーワン人気の花見はなみ 花恋さん……だよな」

「そうだね」


 二人とも知ってるのか。

 三ツ星なんてすらすらとフルネームが出てきたし。

 さすがだな花恋姉。


 なんて思ってる間にも、花恋姉は磯川さんにまた「楽しそうだね」なんて言ってる。

 そんな何度も言ったら、まるで自分も行きたいように聞こえるじゃないか。


「あ、もしよかったら、花恋先輩も一緒に行きませんか?」


 ──は?


 おいおい待ってくれ。

 花恋姉があんな言い方するから悪いんだよ。

 だけど磯川さんも、気を遣って誘わなくていいのに。


 花恋姉が一緒に来たりなんかしたら、俺はどうしたらいいかわからなくなる。

 いや、まさかカラオケにまで一緒に行くなんて、花恋姉は言いださないよな?


「え? いいの? でも他の人に悪いよね?」


 うわ。行く気満々だよ、この人。

 花恋姉が気遣うようにみんなの顔を見回すと、真っ先に一ノ瀬さんが柔らかな笑顔で答えた。


「いえ、そんなことないですよ。憧れの花見先輩とご一緒できるなんて、私は嬉しいです」

「え? あなた一ノ瀬さんよね? あなたみたいな素敵な人に、憧れの先輩だなんて……照れちゃうじゃない」

「いえ私こそ、花見先輩に素敵な人って言ってもらえて照れます」


 うわ、なんだこの流れ?

 三年生と二年生の人気ナンバーワン女子の豪華共演って雰囲気。


 花恋姉はいつもよりも大人っぽく落ち着いていて。

 それでいて明るくキラキラと輝く感じ。


 ああ、表で見せる花恋姉の顔ってこんな感じなんだな。

 俺と二人の時には、ガキっぽいアホなことも言うけど、そんなことを言うようにはまったく見えない。

 素敵なお姉さんってオーラがバンバン出てる。


 花恋姉はふと男性陣に顔を向けた。

 この男性陣には、もちろん俺も含まれている。

 そしてまずは三ツ星に向かって問いかけた。


「男子たちもいいのかな? 三ツ星君は?」

「え? お、俺の名前、知ってるんですか?」


 三ツ星のヤツ。

 かなり嬉しそうだし、ちょっと緊張して見える。


 俺様三ツ星が、こんな素直な少年みたいな態度になるなんて。

 さすが花恋姉の、我が校ナンバーワン女子の称号は伊達じゃない。


 普段のアホな姿を見てるから見くびってたよ。すまん、花恋姉。


「もちろん知ってよ三ツ星君。サッカー部の次世代のエースだし」

「うわ、嬉しいなぁ。花見先輩とご一緒できるなんて光栄です。ぜひ来てください」

「ありがとう。……倉木君もいい?」

「ええ。俺は誰だって大歓迎っす」

「ありがとう」



 倉木は花恋姉だからというより、誰だって歓迎か。

 まあくらけんは、俺にだって行こうよって言ってくれたんだし、その言葉に嘘はなさそうだ。


 それにしても花恋姉は凄いな。三ツ星も倉木のことも、ちゃんと名前を知ってるんだ。


 そしていよいよ、花恋姉は俺を見た。


「えっと君は……誰?」


 花恋姉は真顔でコクンと小首を傾げた。

 思いもよらない言葉に、固まってしまった俺。

 横では三ツ星がプッと吹き出すのが聞こえた。


「ああ、ごめんごめん。運動部の子達って学年が違っても、顔と名前が割とわかるんだけどね。君はあんまり見かけない顔だなぁって思ってさ」


 なるほど。それはもっともらしい理由だ。さすが花恋姉。

 だけどフリーズするようなセリフを投げ込んでくるなよ。

 リアクションに困ってしまう。


 これ、花恋姉は、絶対に俺のリアクションを楽しんでるよな?

 くそ。ちゃんと答えて乗り切ってやる。


「あ、桜木さくらぎ 冬威とういです。部活はやってません。よろしくお願いします」


 俺はニコリと笑顔で爽やかに答えた。

 どうだ。まいったか花恋姉。


「うん、よろしくね。冬威ってカッコいい名前だね。それになかなか爽やかで、いい感じだね、君」

「おっ、高評価だね、桜木君」


 一ノ瀬さんが嬉しそうにそう言った。


 だけど花恋姉のヤツ……

 身内によるヤラセの口コミみたいなことはやめてほしい。ステマかよ!?


「あ、ありがとうございます」

「桜木君も、私がご一緒してもいいかな?」

「あ、はい」


 ホントはご一緒してほしくないけど。

 この流れでダメなんて絶対に言えない。


「よかった。じゃあご一緒させてもらうわね、亜香里ちゃん」

「あ、はい。行きましょう!」


 そんなことで、なんと花恋姉までもが一緒にカラオケに行くことになってしまった。とほほ。



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【読者の皆さまへ】

短編投稿しました。

よろしくお願いいたします。


『学校イチの美少女を痴漢から助けたら「お礼に付き合ってあげる」と言われた。だけど俺はお断りした──はずなんだけど?』

https://kakuyomu.jp/works/16816452219148056468

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