第30話:花恋姉は手間をかける
「ふぅーん…… で、漫画研究部の男女比は?」
「は? 男女比? そんなの知らない」
「知らずに選ぶな。男五人に女子ゼロよ」
「え?」
女子ゼロ?
そうなのか……
それを聞いて、俺は思わず固まってしまった。
「で、トーイ君は、女子ゼロの部活で何をする気なのかな? もう彼女を作るのは諦めて、ボーイズラブに走るご予定?」
「いや、違うって。そんなつもりじゃない」
「はぁっ…… じゃあ目的を忘れないで」
花恋姉は呆れたように言い放つと、床に置いたショルダーバッグに手を入れた。何やらガサゴソと探している。
「目先しか見えないのは、ガキの証拠。だからアンタは……」
なんて相変わらずのガキ扱いトークを吐きながら、花恋姉はカバンの中からA4サイズの紙を取り出し、顔を上げる。
そして俺の方を向いて、なぜかピタリと動きが止まった。
目だけが俺の髪の毛から体の方まで、すぅっと撫でるように動く。
「あ、いや…… あ、これ見て」
──ん?
なぜ急に、ガキ扱いトークをやめたんだろ?
そんな疑問を頭に浮かべながらも、花恋姉が渡してくれた紙を受け取る。
そこには部活の一覧が記載されていた。
文化系のみだけど、クラブ名とその横に男女それぞれの学年ごとの部員数が書かれている。
「すげえ。これ、どうしたの?」
「生徒会の友達に部活の名簿を見せてもらったんだよ。それを私がまとめた」
「そうなのか……」
花恋姉は、ここでもこんな手間を俺のためにかけてくれたんだ。しかもちゃんと戦略的に考えてる。
こりゃ、俺が先のことを考えてないって言われても仕方ないな、あはは。
「魚のいない池に釣り竿垂れたって釣れない。どんな素晴らしい釣り竿であってもね」
「女の子を魚……扱い?」
「マーケティングの世界では、よくそういう表現をするんだって。つまりお客さんが居るところを狙って売りに行けって意味ね。まあ魚扱いは気分良くないけどね」
「なるほど」
「──で。トーイはどこにする?」
部活の一覧をざっと見る。
そして最初から気になっていたクラブをしっかりと見る。
それはもちろん、
一年女子一名。
二年女子一名。これが鈴村さんだな。
三年女子一名。
そして男子──ゼロ名!
キターっ!
これぞまさにハーレム!
魚が居まくり!
──あ、いや。
ついさっき女の子を魚扱いなんてと言ってた俺が。
ついついテンションが上がってしまった。
いかんいかん。
「俺が選ぶのは……これだ」
一覧表の紙を花恋姉に向けて、俺はカッコよくビシッと文芸部を指さした。
「よしわかった。ボディビル研究部ね。ムキムキ男子三名だけの部活」
「は? えっ?」
うわお! まさかムキムキ男子だけの部活になんか、入りたいはずがない!
やべぇ!
俺は焦って紙に顔を近づけて、指さした先をよくよく見直した。
──あれ?
俺の指が指しているのは、間違いなく文芸部だぞ?
「花恋姉。これ、文芸部だけど?」
「うん知ってる。そもそもウチの高校にボディビル研究部なんてないし」
「はぁっ?」
「トーイをからかっただけ。トーイの呆然とした顔、面白かったぁ~ あはは」
──なんだそれ?
花恋姉はめっちゃ楽しそうだけど、からかわれた俺は楽しくない。
「あはは。冗談なんだから、そんな悔しい顔するな。こんなことでいちいち悔しがるなんて、やっぱりトーイは子供……」
ん?
また花恋姉は俺の姿を上から下まで見て、ガキ扱いトークを途中でやめた。
なんで?
──あ、もしかして。
「なあ花恋姉。もしかして、イメチェンした俺を見て、大人になったなぁなんて思った?」
「あ、いや、あの……」
そっかぁ。
焦ってるとこを見ると、正解のようだな。
見た目は大人になったと感じてるんだ。
むふふ。少しは俺を大人になったと認めたか。
一矢を報いた感じでちょっと嬉しい。
「だろ? いいんだよ花恋姉。俺に大人の魅力を感じても」
大人の魅力とまで言ってしまったのは、もちろん冗談のつもり。
だけど調子に乗りすぎたかな。
花恋姉には、『ふんっ』なんて鼻で笑われそうだな、あはは。
「な、なにを言ってるのよ、とととトーイは? アンタにみみみ魅力なんて……」
ん?
なんか花恋姉がキョドってる?
どしたんだ?
「アンタはちょっと成長したからって自惚れすぎ! とにかく! 明日学校に行ったらちゃんと部活に入ること! いいね!」
ありゃ?
怒らせちゃったよ。
花恋姉は顔を真っ赤にしてる。
ちょっと冗談で言っただけなんだから、真っ赤になるほど起こらなくてもいいのに。
「あ、うん。わかったよ」
「まあ文芸部なら、入部の相談ということでトーイお目当ての鈴村さんとコミュニケーションも取れるし。ベストチョイスじゃないの?」
「ああ。俺もそう思う」
「鈴村さんなら、トーイと雰囲気も合いそうだし。同じ部活でコミュニケーションを取れば、すぐに『カノかく』は30%くらいまでは上がるんじゃないかな。まあ今のところは、せいぜい10%ってとこだろうけど」
「おお、そっか」
カノかく。つまり彼女になってもらえる確率な。
「もし彼女に好きな人がいなければ、の話だけどね」
「あ…… それはそうだよな」
「ちなみに一ノ瀬さんの『カノかく』はゼロパーセントかな」
──は?
そりゃあ彼女は学年一の人気で、高嶺の花女子だ。
彼氏を選ぶ基準もバカ高いだろうし、そりゃそうだろ。
「あの、花恋姉……それはそうだろうけど、今それ言わないでくれる? 心が粉砕される」
「こらトーイ。いちいち落ち込むな。単なる客観的現状分析よ」
──出た。現状分析。
何を言っても許されそうな魔法のワードだ。
ま、でも花恋姉の言うとおりだな。
あの一ノ瀬さんの『カノかく』がゼロパーセントだからと言って、なんら落ち込むことはない。
「わかった。それよりも鈴村さんだ」
「そうだね。鈴村さんに好きな人がいるのかとかも、コミュニケーションを取ってみないとわからないしね」
「だよな」
「そしてもしも鈴村さんに好きな人がいないなら……いいコミュニケーションを重ねて、50%超え、いやいや70~80%超えを目指そう」
「おおっー! もしもそうなったら……」
「そうね。トーイから告白して、そして鈴村さんがトーイの彼女になる」
「うおっ! やった!」
俺は思わずガッツポーズ。
そしたら花恋姉は呆れた顔になった。
「あ、いや。まだ成功してないから」
「あ……」
しまった。
つい妄想に走ってしまった。
花恋姉は手を口に当てて、クククと笑ってる。
めっちゃ恥ずかしい。
「まあ、成功をイメージするとモチベーションが上がるから、それはそれでいいけどね。でもあんまり先走ると失敗するから。気をつけてよ」
「あ、うん。わかった」
「それと鈴村さん以外でも、コミュニケーションを取って、トーイの良さをたくさんの人に知ってもらうのよ」
「そうだね。了解だ」
「お、いいね」
「え?」
「前向きな言葉が増えてきたし、今の返事の声や表情も爽やかでいいよ」
「あ、そっか? それは良かった」
そんなことで、俺は高二の二学期からという変なタイミングながら、部活に入ることになったのだった。
そして──
一夜明けて、二学期の朝を迎えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます