2021年2月12日 LED、或は夢見がちな世界について。

読み慣れた活字の上を目が滑る。三百何十頁かのファンタジックな世界を眼球の裏側に形づくるでもなく、ただ瞬きをしながら意味もなく文字列を追っていく。

暖房の音がうるさくて、背もたれにしたベッドの上へ頭を投げ出す。古臭い照明に黄色く照らされた安っぽいビニールクロスの壁には、止まった時計がかかっている。10時26分38秒からどうにか時間を進めようと、細長い秒針が鹿威しのような動きを繰り返して等間隔に不格好な音を立てている。

壊れた時計が自信の生活の怠惰さを見せつけてくるようで、僕はなんとなく目をそらす。目をやった先では、隣の家のイルミネーションライトが僕の部屋のカーテンを代わる代わるカラフルに変色させていた。あいつも今頃、こんな景色の中にいるのだろうか。

本当ならばこの時間から僕とゲームをするはずだった友人は、クリスマスデートだかなんだかで彼女にキラキラの電球を見せに行かなければならないらしい。そんなことを言われてしまうと、社会的な生き物としては黙って見送る以外の選択肢はない。社会性のマスクをとった僕という裸の人間は、ただこうして暖房と間抜けな秒針に耳と意識を乗っ取られながら黄色い明かりの中でカーテンの点滅でも眺めているしかないのだ。

元々、僕は独りのクリスマスにこのような絶望に近い焦燥感をおぼえる類の人間ではなかった。しかし、僕の数少ない友人知人たちがクリスマスに予定を変えられてしまうたび、僕はこんなくだらない孤独感を抱えざるを得なくなってしまった。

僕はクリスマスが嫌いだ。普段ファンタジーを夢見て、女性よりも文庫本と見つめ合うことを好む僕を「痛々しい」だとか言って嘲笑する人々が、この日ばかりは僕の何十倍もおかしくなって、自分を、家を、さらには街全体を赤や緑に輝かせる。

子供の頃から、この“クリスマス的”になった世界に僕の居場所はない。幼稚園に偽物のサンタクロースがやって来たときも、僕はどんな顔をしたらいいのかわからなかった。僕は大人になった今も、年に一度“クリスマス的”になった街や人に自分をぐるりと取り囲まれるたび、駅前のフライドチキン屋の置物みたいなおじいさんに群がる同級生たちの片隅で、先生に心配されながら小さくなっていた17、8年前にタイムスリップした心地になる。

ふと、短い振動音が左耳から侵入した。僕はベッドの上へ投げ出したスマホを身を捩って掴む。ロック画面に小さく表示されたメッセージ通知とキラキラの電球の画像を、刀か何かでぶったぎるような気持ちで立て続けに左へ強くスライドする。悲しい現実を斬り終えた先では、時計機能が0時3分を知らせている。

こうして僕の長いクリスマスが終わった。朝になった頃にはきっと、商店街の馬鹿でかい樅の木は門松に姿を変え、“クリスマス的”な人たちは良識ある一般人の顔をし、文庫本を抱えてぼーっとする僕も、変わらない黄色い光の中、“嫌に現実的でノリの悪い奴”から、元の“痛々しい人”へと戻っていく。壁にかかった瀕死の時計はいつの間にか38秒を乗り越え、そのまたすぐ上で不格好に上下していた。




______________________________________


お題:「黄色」「クリスマス」「おかしな世界」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る