2021年2月11日 エンドロールの向こう側

白色の薄明かりの中で、私が映画を見ている。古ぼけたブラウン管のせいで茶色くくすんだ少女が点滅している。友達とふざけ合っては、くぐもった声で笑っている。私はこの映画を見たことがある。ところが題名はおろか、この話の結末すらも思い出せない。私は考える。あたたかいこたつの中から左手を出し、頬杖をつく。早朝の冷たい風が手に触れて、またこたつの中へ戻す。居間の大きな時計がカチカチと音を立てる。

「今日はなにして遊ぶ?」

ブラウン管から少女の声が聞こえる。二人の友達と並んで歩きながら、時々意味もなくマンホールを踏んだり、くるりと回ったりしてみせる。

「決めていいよ、今日は“最後の日”だもん。」

少女の友達が頷きあって返す。私は思い出した。このお話はバッドエンドだ。この日の翌日、少女は引っ越しをしなければならない。親の転勤で子供が転校、親友たちとも離れ離れ。どうしようもない、どこにでもあることだ。それでも彼女にとっては、世界が終わるくらいに悲しい出来事だった。自分のことを、世界で一番不幸な人間だと思った。そして今でも、その気持ちは変わらない。


昼間の暖かい日差しの中、私は目を覚ました。電源が入れっぱなしになったこたつの中は、いつの間にか汗ばむくらいに暑くなっていた。

あの少女は私だ。あの後私は遠くの街へ引っ越して、一人ぼっちの生活を送った。離れ離れになった悲しみは薄れることなどなく、それどころか、自分だけが知らない思い出を語る同級生たちと過ごす中で、私にとっての友達は彼女たちでなければならなかったのだと、日々後悔にも似た感情をつのらせていくことになった。

しかし、どうして今になってこんな夢を見たのだろう。勿論私の孤独が変わったわけではないが、今までは一度もこんなふうに夢に見たことなんてなかったのだ。

リビングの床に投げ出されたリモコンの電源を押す。午後の映画を上映するテレビの右端には、13時15分の文字が映し出されていた。

過去の幸せというのは、どんなに悔やんで悲しんだところで、もう二度と手には入らない。何度思い返したって、見飽きた映画のようにおなじみの結末をたどるだけ。お気に入りのシーンを必死に巻き戻して見続けたって、その結末が最悪であるという事実は変えることができない。

それでも、だからこそ、今日こうして昔の楽しかった頃を画面越しに夢見ることができたのは、とても幸せなことなのかもしれない。思い出してしまったせいで悲しい気持ちにならざるを得ないとしても、忘れてしまうよりは幾分かましだ。普段は気づけないというだけで、深層心理の私がそれを強く望んでいるからこんな夢を見ることができたのだろう。

「あ、おはよお姉ちゃん。プリン買ってきたよ。」

ドアが開く音に振り返ってみると、今帰ってきたらしい妹がコンビニのレジ袋を右手でひょいっと掲げて言った。

「あーさっむ。何見てんの?」

私のすぐ隣に座った妹が、二人分のプリンをこたつに並べながら私に問う。

「いや、なんとなくつけてただけ。」

ぼんやりと答えた私に、妹は「ふーん」とだけ返すと、手に持ったプリンを私のものと乾杯するようにぶつけて、美味しそうに食べ始めた。

過去の悲しみは癒えずとも、私の人生のすべてが不幸なわけではない。私には父と母がいて、たまに喧嘩もするけどこうして一緒におやつを食べられる妹もいる。

「ありがとね……その、プリン。」

日頃の感謝の気持ちはあれど、照れくささが邪魔をしていつもうまく伝えられない。適切なタイミングがあれば、とは思うが、毎日一緒に生活している人間に対し、畏まって感謝できるタイミングなんて存在するのだろうか。

「あはは、急になんだし。それより聞いてよ!先生がさ、今週から薬減らしていいって!あの粉のやつ、あたし苦手なんだよねー。」

プリンを食べ終えた妹が、食後の薬をこたつの上へ並べながら言う。しかし、私は知っている。これは喜ばしいことではない。このお話はバッドエンドだ。




真っ暗な部屋の中、私はひとり目を覚ました。つけっぱなしになったテレビと夜空に浮かぶ三日月だけが私を見つめている。涙で水浸しになったこたつの上には、“最後の日”に食べたものと同じプリンが、片方しか食べられることのないまま置いてあった。




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お題:「昼」「コタツ」「観賞用の世界」

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