夜毎三題噺

ナツメダ ユキ

2021年2月10日 世界一正しい青春のすごし方

『私達と一緒に、青春を取り戻しませんか?』


中学時代の友達にいきなり送りつけられた謎のホームページの一文は、ちょっと気持ち悪いほどに眩しかった。少なくとも、私には。

「これ、うちのクラスメイトがやってる企画なんだけどさ、琴未も“出てない組”だったよね?」

スマホに差したイヤホンから、懐かしい声が聞こえる。こうして彼女と話していると、まるで中学生の時に戻ったような気分だ。卒業してから2年間、元旦くらいにしか連絡をとっていなかったが、これでも中学生の時は毎日一緒にいた仲だった。

私は彼女の質問に曖昧な相槌を打ちながら、何気なくホームページの文章を読みすすめる。この辺一帯の中学の卒業生のうち修学旅行に参加しなかった人を集めて、当時の修学旅行と同じタイムスケジュールで旅行をするというもののようだ。

「『青春を取り戻す!』とか、いかにも琴未が嫌いそうなのは確かなんだけどさ、その子、相当頑張ってるみたいで……それに、ほら!やっぱこういう一大イベントは絶対経験しといたほうがいいからさ!」

おねがいっ!と絞ったような声で付け足される。ぎゅっと目を瞑って額の前で勢いよく手を合わせる彼女の姿を想像して、ちょっと笑いそうになった。

というか、どうしてこういう青春チェックシートが全部埋まっている人っていうのはそれを他人にも強要したがるのだろう。運動会とか文化祭とか、もちろん楽しめる人は多いけれど、みんながみんなそういったものが好きだというわけではない。

「私はいいよ、そういうの。逆になんでそんなに青春が好きなの?」

少し不機嫌な口調になってしまったが、彼女はそんな事気にもせず、大げさに唸りながら返答を考えている。彼女は青春が好きだ。キラキラした、絵に描いたような学生生活を送るのが好きだし、そんな自分が好きだ。私としては、その”キラキラ”を客観視して憧れてしまっている時点で、本当の青春は送れていないのでは?と思わないでもないが、青春などというのは、案外そのような自覚的な人間たちで形成されているものなのかもしれない。

「うーん……なんていうかさ、クラスとか部活とか、所属が同じってだけでなんの共通点もない人たちが、一つの目標のためにおんなじ方を向くって、すごいエモいと思わない?」

彼女が力説する言葉も、私にはなんだかすごく薄っぺらく聞こえてしまう。

しかし、そんな彼女の“薄っぺら”にいつも流されてしまうのも事実だ。喋ったこともない人の歓迎会とか送る会とか、〇〇実行委員会だとか、彼女はそういった類のイベントに、いつも私と一緒に参加したがった。そして私が断るたびに薄っぺらい言葉を並べて、極めつけにはさっきの「おねがいっ!」である。私は彼女にこれをされると、なぜかなんとなく断りきれない。おそらく、彼女の言葉の“薄っぺら”の向こう側にある、言葉にならない熱量みたいなものに揺さぶられてしまうからなのだろう。

「だったら、大人だってそうじゃん。“青春”なんかじゃなくたって、人は成功に向むかって進んでるよ。」

だが、ここで負ける私はもういない。いつも流されてばかりなのはなんとなく悔しい。旅行は普通に面倒くさいし。

「それはちがうの!たぶんね?利益とか成功のためじゃなくって、楽しい時間を過ごすためってところが重要なの!」

思ったよりも早く返答が返ってきて、ちょっとだけびっくりする。利益も成功も望まず、なんの結果も必要ないなんて。

「それって、なんにも意味ないってことじゃん……」

「そう!そうなの!」

思わず出てしまった全否定の言葉に、彼女は興奮した様子で同調する。

「外側の人達から見たら、なにも生まない。なんの意味もない。私の自己満足でしかない。でも、みんなが自分の“楽しい”のために、おんなじことをしてる。普段は別々の人間でも、おんなじことを“楽しい”って思ってるの。」

そうやって私に話す彼女は、私のようなひねくれた人間からみても、すごくキラキラしていた。そして多分、こういうどうでもいい時のキラキラを、彼女は自覚していない。私は彼女のそういうところが好きなのかもしれないと思った。

「ねえ、琴未はさ、修学旅行の“楽しい”ってとこ、一個もないの?考えてみてよ。どんなにちっちゃいことでもいいからさ。」

言葉に詰まった私に、彼女は続けて聞いてくる。

「いや、まあめんどくさいとはおもってるけど、でも……」




小さく開けた窓から吹き込む風に、そっと本を閉じて顔を上げる。都会のど真ん中から出発した小さな観光バスは、あっという間に非現実みたいな山奥まで来ていた。青春がどうのなんて誘い文句に釣られてやってくるくらいだから、底抜けに明るくて何考えてるかよくわからないような人たちが集まると思っていたが、意外とそんなことはなく、参加者たちは今もゲームをしたりおやつを食べたり各々好きなことをしながら、皆決まって時折窓の外を眺める。

彼らはもしかして、私と同じ人種なのだろうか。青春だとかなんだとか、そういう大げさな言葉には気後れして、それでも、観光バスの窓から吹き込む初夏の風とか、外で食べるお弁当とか、そういう青春の隅っこにあるささやかなものには価値を見出す。青春を捨てきれず、青春の中で青春をしないことで青春に依存している。そういう歪んだ“楽しい”を持っている人たちなんだろうか。

私は彼らから視線を外し、ポケットのスマホで窓の外の写真を取る。それを送ってすぐに届いた彼女からの“薄っぺら”な感想に、今は少しだけ同調したい気分だった。私は一言「うん」とだけ返信すると、電源ボタンを押し、やかましく鳴る通知の音を聞きながら、もう一度本を開いた。




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お題:「夏」「車」「最強の目的」

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