再会

 行き止まりの奥で、一人の冒険者が壁に寄り掛かっていた。すでに疲労は限界を超えているように見えるが、それでも剣を手放さない。


「カレン!」

 リンが真っ先に走って行った。シーマは周囲を警戒している。


「大丈夫。後ろはあたしが見てる」

「再会記念にただで診てあげますわ」

「明日は絶対に槍が降るにちがいないね」

「……シーマ、覚えてらっしゃい?」

「やだやだ、怖いねえ」

 安堵から軽口をたたきながらそれでも急ぎ足で駆け寄る。

 

 あのトロールと渡り合った割には軽傷と言っていい状態だった。それでも左腕はブランと垂れ下がり、折れているのがわかる。剣も芯がゆがんでいてまともに振れないような状態だろう。

 防具の隙間から見える肌は赤黒くはれ上がっており、瀕死のダメージを負っているようだった。むしろ即死していなかったあたり、素晴らしい力量を持っていると言えばいいのか。


「あ……リン、我はもう持たぬ。家の再興を果たせずに逝く我を許してくれ」

「何を言っているんだ! 貴女がいなくなったら私はどう生きればいい!」

「リンは強い。我がいないくても大丈夫だ」

「そんなことはない! 貴女がいるから私は強く在ろうとできるのだ!」

 倒れ伏すカレンの手を取って、涙を流しながらリンが悲痛な声を上げる。

 つかつかと歩み寄ったクレアがリンの背中をげしっと蹴飛ばした。

「ぶはっ!?」

「おどきなさい。ケガもひどいし体力を使い果たしてますが、命に別状はないはずですわよ」

「だが、今の我は素寒貧だ。財布を逆さに振っても小銭一つありはしない」

「代金はすでにいただいております。いきますわよ! グレーターヒール!」

「なっ!?」

 カレンの横たわる地面に魔法陣が描かれ、純白の光が陣を満たす。

 上位の回復魔法を使える神官は非常に貴重な存在で、それだけで上位のパーティから引く手あまたになる。


「クレア……お前、騙されてないか?」

「失礼な。私を騙すならば相応の報いを覚悟すべきですわね」

「うーむ。まあいい。救援、感謝する」

「仲間のために命を張るのが冒険者、でしょうに」

「ははっ、これは一本取られたな」

 一通りやり取りが終わったあたりで、カレンは僕に気づいた。いや、視界に入っていたのだろうが、改めて認識したと言うべきか。


「やあ、初めまして。我はカレン・フィオナだ。助力感謝する」

「クリスです。よろしく」

「命を救われた恩は命を持って返すのが妥当であろう。我も貴殿に従うとしよう」

 唐突にとんでもないことを言いだした。

「や、貴族階級の人でしょうに」

「実家は没落したがな。それに我は今一介の冒険者にすぎぬ」

「クリス殿ならば異存はありませぬ」

「リィン!?」

「であるな。我もそう思うぞ。彼の変異種トロールを見事に打ち破ったのであろう?」

「はい、彼の采配は見事でした」

「それに我に付き従っていた者たちを見事に率いているのがよくわかる。なあ、ガラテア」

「……はい。彼は私を導いてくれました」

「ならばよい。どのみち我らだけでは行き詰っていたからな」

 どの道も何も、最初の一歩目から盛大に転げ落ちていた気がするが。

 僕のジト目に気づいたのか、カレンはごまかすように笑みを浮かべる。


「さあ、帰ろうじゃないか」

「そうですねー。いろいろとお話したいこともありますし」

「うっ、お手柔らかにな」

 クレアがにっこりと、目が笑っていない笑顔を浮かべる。いっそ器用だな。

 カレンは冷や汗を浮かべたまま立ち上がろうとして盛大にすっころんだ。


「あ、あれ?」

「ああ、肩を貸そう」

 リンがカレンを支えようと前に出る。

「そうなったら襲撃にだれが備えるんだ?」

 シーマがあきれたような表情を浮かべた。

「むう、となれば……」

「僕しかいないよね。そうなるよね」

 半ばあきらめの境地でカレンの隣に立つ。

「すまないね。安堵して腰が抜けるなんて初めてのことだよ」

「仕方ないね、人間だもの」

「人間!? そうか、人間だからか……」

 カレンは目を見開いた後、何やら納得したかのように頷いている。

 

 幸いにしてというべきか、モンスターの襲撃はなかった。最前線で渡り合ったリンには変異種トロールの返り血を浴びているが、もしかしたらそれが原因だったのかもしれない。


「うう、早く宿に戻って風呂に入りたい……」

「風呂だって!?」

 リンのボヤキにカレンが反応する。今回のクエストの成果なら、風呂くらい入れるはずだとは思うんだ。

 しかし、これまでは良いところトントンで、食事をしたら終始ゼロだったり、武器の修繕で足が出たりしていたようだ。

 カレンの剣も直すより買い替えた方が早いと思う。刀身がゆがんで鞘に入らなくなっていた。


「一応実家から持ち出せた、唯一と言っていい財産ではあるんだがね?」

 1階に上がるころにはさすがにカレンも自らの足で歩いていた。

 抜き身のまま右手にぶら下げる剣への目線に気づいたんだろう。

「いいものだっていうのは何となくだけどわかる。けど、芯がゆがんでるからまともに振れないんじゃないか?」

「ああ、そういうことか。まあ鞘にも入らないからわかってはいたけどね。うーん」

「僕の伝手で何とかしてみよう。ただ、直すにしても時間はかかる。だからとりあえずの武器は用意しないとだね」

「はは、どちらにしても詰んでいたなあ。直すにしても買うにしてもその資金がないってことになっていただろうからねえ」

「そりゃよかった」

 若干皮肉めいた口調になってしまったのは仕方ない。それでもはるかに格上のモンスターと戦ってまる一日迷宮で生き延びた。その根性は見るべきものがある。

 一度フォーメーション確認しないとな。そう考えつつ、迷宮から出るための階段を上がった。

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戦闘力0でパーティの雑用係だった僕はユニークジョブを得て迷宮都市で成り上がる 響恭也 @k_hibiki

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