ダンジョン二層にて

 あれから数度の戦闘をこなしたが、特にトラブルもなく敵を倒すことができた。ゴブリンよりも若干手ごわいコボルトの群れもほぼ無傷で倒すことができた。


「すごいぞ! こんなに戦いが楽だなんて!」

 リンは有頂天になっている。その言葉を聞いて僕は苦笑いを浮かべた。

「各自の役割をしっかりこなせばいいんだよ。そうすれば余裕も出てくる」

「なるほど……確かにそれは今になってみればよくわかるな」

 それぞれが得意な技能を組み合わせて最大限の効率を発揮する。そのこと自体は別に特別なことではない。

 うまくかみ合えば5人の力が足し算ではなく掛け算になるだろう。

 そもそも、このメンバーは個の力は優れていた。けれどパーティになるとそれぞれが自分のことに精いっぱいでバラバラに動いていた。同数のゴブリン相手に苦戦していたことがその証左だ。むしろよくこれまで死者が出なかったものだと感心する。


「この先に行けば第二層への階段がある」

「おお、ついに、ついに第一階層を突破したのか!」

 リンは何やら感動しているが、ほかのメンバーはシレっとしたものだ。

 何より、僕が加わったことによって変わったことはそれほど大きくない。と言うか、今のところ実行したことはリンの行動を矯正しただけだ。

 彼女が盛大に空回っていたことが原因と分かってしまったことで、特にシーマの目線は氷のように冷え切っていた。


「あいつのせいであたしはひどい目にあってたのか……うぬう」

 尻尾の毛が逆立って、怒りを表現しているのか。なかなかに興味深い。

「ん? 触ってみたいの?」

 尻尾をゆらゆらさせながらシーマが僕に問いかけてくる。

「いや、その……」

 見透かすようににっこりと笑みを浮かべるシーマに少しうろたえてしまう。

「でもダメよ。この尻尾は夫になる人にしか自由にさせないんだからね?」

「あ、ああ。了解したよ」

「逆に言えば……あたしをずっと大事にしてくれるなら……ね?」

「おいおい、それはいまする話じゃないだろ?」

「うふふ、そうね」

 なんだかからかわれた気がする。そしてクレアも何やら考え込んでいた。


 階段を降りると、再び似たような石畳の通路が続く。

「気を付けて。階段付近はそうでもないけど、少し歩くとどんどんと敵が強くなる」

「なるほど。しかし、我らの敵ではないだろう!」

「勝てない相手じゃないけど油断するなって言ってるの」

「わたしは油断などしていない!」

 テンションが上がっているリンを尻目に、シーマがたしなめる。まあ、一人で暴走しない様にさせれば大丈夫か。


「む、前方から敵、6体かな。たぶんオーク」

 オークはもう少し奥に行かないと現れないと踏んでいたのだけど、やはりはぐれのトロールのせいで居場所が変わっているのか。

 上位の魔物がいることでそこから逃れるように魔物が移動する。そうすると普段現れないような場所に予期せぬ相手がいることもありうる。

 そもそもトロール変異種は10層から下へ行けば結構見る相手ではあるのだ。


「と言うことは……?」

 ドミノ倒しのように何者かが最初の板を倒した。それはトロールの変異種を追いやるほどの強大な相手だ。

 僕の懸念をクレアとガラテアも感じ取ってくれたようだ。


「たぶん、このパーティの実力ならトロール変異種は討てる。ただ、中堅どころがレイドを組んでいるっていうのはたぶん……」

「トロール以上の相手が上がってくるかもしれないということ、ですね」

「そう、トロール自体も何者かに追いやられている可能性が高いと思う」

 などと話しているうちに、行く手の暗闇からオークが走ってきた。おかしい。


「気を付けろ! オークの後ろに何かいるぞ!」

 オークを追いかけていたのは……変異種ではない方のトロールだった。変異種は長く生きた、もしくはダンジョンにたまに発生する魔力だまりで高密度の魔素を吸収したことで、進化した奴だ。

 目の前でオークはトロールに叩き伏せられ、その餌食となっていく。

 といっても肉を喰らうとかではなく、絶命したオークが魔素に還る。それを吸収しているのだ。


「リン! トロールを引き付けてくれ!」

「承知、お前の相手は私だ!」

 盾を叩いて相手を引き付ける。


「ふっ!」

 シーマが矢を放つが、オークを喰らって力を増したトロールの前に矢が弾かれてしまう。

「ぐうっ!」

 振り下ろされた拳を真っ向から受け止めて、リンは後ろに弾き飛ばされた。


「輝きよ!」

 クレアが目くらましの魔法を叩きつけ、トロールは大きな声を上げて後ずさった。その隙にリンは態勢を整える。


「エナジーボルト!」

 詠唱不要の初級攻撃魔術だが、ガラテアの魔力は高く、制御にも優れている。

 綺麗に集中させた魔力はトロールの表皮で弾け、人間でいえば平手打ちを叩き込んだような衝撃を与えた。

 ダメージはないが、痛みが走り、何よりうっとおしい。

 シーマは弓を大きく引き絞り、手数よりも威力重視の射撃に切り替えた。これが功を奏し、トロールが本能的に顔をかばった手に、ぐさりと矢が突き立つ。


「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaa!」

 トロールの悲鳴が通路の響き渡って反響する。

「だああああ、うるさいんだ、よ!」

 リンが素早く間合いを詰めて剣を叩きつけた。

 わずかに表皮が切れて地が吹き出すが、もともとトロールは自己治癒能力があって、すぐにその傷はふさがる。

 わずかに攻撃は通っているが、与えるダメージを上回る回復能力で、致命打を与えられない。


 いつかはやらないといけないことだ。僕はガラテアにオーダーを使うことを決意した。

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