一つのきっかけ

「クリス、どうする!? このままじゃじり貧だぞ!」

「わかってる! 打開策はある、少し耐えてくれ!」

 リンは巧みに盾を使って直撃を避けている。トロールは知能が低い。だからこそ攻撃が単調になっていて、何とか耐えることができていた。


「慈悲なる者癒しの御手よ!」

 クレアのかけた回復魔法はしばらくリンを包み込み、徐々に体力を回復させる。


「うううううううううううっりゃああ!」

 限界まで引き絞られた弓はガンと金属を叩きつけるような音を立てて矢を放つ。

 トロールの肩に深く突き立った矢は矢じりに仕込まれた炎のクリスタルが爆発して、トロールの肩腕を吹き飛ばした。

 凄まじい絶叫を上げて怒りの目をシーマに向ける。


「輝きよ!」

 リンが剣の突き出した剣の切っ先から閃光魔法を放ち、トロールの目をくらませた。


 魔力の伝導と保持を可能とするミスリルの線が剣の峰に仕込まれていた。

 光の目を焼かれたトロールは再びリンを狙い始める。

「ふふん、お前の相手は私だあ!! 私の仲間を狙わせはしない!」

 振り下ろした斬撃を同じ呼吸で振り上げる。Vの字を描くような剣戟は、疾風斬と呼ばれる初歩の剣技だ。

 合間にシーマが手数ではなく、威力を重視した矢を放ってトロールに守りの体制を取らせる。そうすることで攻撃を寸断し、回復魔法をかけたり、崩れた体勢を整えるスキを作り出していた。


「すごい……」

 トロールと互角に渡り合う仲間を見てガラテアがため息を漏らす。

「君もみんなの仲間だろ?」

「ええ、けどわたしは足を引っ張ってばかりで……」

「君は優しい。だから仲間の危機に心を乱されてしまう。違うかな?」

「え、ええ。だけど……」

 ガラテアは恐怖に身を震わせながら口ごもる。

「君にとって一番大事なものは何だい?」

「仲間です」

 この質問の返答は即座に、そして明確に返された。

「うん、じゃあわかるよね。彼女たちは今、限界以上の力を発揮してトロールと渡り合っている。長くは持たない」

「は、はい。でもどうしたら……」

「君がやつを倒すんだ。大丈夫、僕にはわかる。君ならできる」


 コマンダーの、パーティ把握のスキルは、各メンバーの力量が大まかにわかる。発現の可能性が高いスキルもだ。

 だから彼女にヒントを出してみることにした。


「仲間を巻き込まないようにするには、魔法の威力を敵だけに限定するんだ」

「けど、エナジーボルトじゃトロールに当たっても……」

「シーマの矢を見て。なんでトロールの表皮を貫通できたと思う?」

「え……、あっ!」

「一応答えを言っておくと、矢羽に工夫がしてあってね。螺旋を描くように回転してるんだ。そうすると矢じりの切っ先に力が集中する」

「そう、ですよね。じゃあ……」

「効果範囲を絞るには集中すればいい。エナジーボルトの矢を細く、絞り込む。針のように」

「やってみます!」

 ガラテアは目を閉じ、自らの内面に没入する。魔力の流れを感じ、それを制御するためだ。

 彼女の体内をめぐる魔力が制御され、額の前に立てられた人差し指に集約していく。

 そして均衡が崩れた。


「なんだと!?」

 リンが驚きの声を上げる。トロールが咆哮を上げると、ちぎれ跳んでいた腕が再び生えていた。

 予期せぬ方向から飛んでくる拳にかろうじて盾を向けるが、体勢は崩れている。


「光の盾よ!」

 クレアが防御魔法をリンに向けて飛ばす。その光は盾を包み込み、トロールの拳の力を幾分か跳ね返した。

 リンは受け止めきれずに後ろに弾き飛ばされ、壁にぶつかってそのまま倒れ込む。頭を打ったか、少し目を回しているようだ。


 殴りつけたトロールの方も反射された衝撃で腕がへし折れた骨が表皮を突き破って出てきている。それでも好機と見たか、リンに向けて突進し始めた。


「渾身なる一矢、うけろ!」

 シーマが再び全力で矢を放ち、トロールの胸に突き刺さった。これまでの経験か、全身を硬直させて矢を受け止めようとする。一矢は過たずトロールの心臓の上に突き立ったが分厚い表皮と筋肉に阻まれ、その奥には届いていない。

 そして、戦闘不能に陥っているリンよりも、それを邪魔しようとするシーマに敵意が向いた。

 トロールはくるりと体の向きを変え、刹那、その身体はガラテアと正対する。


「今!」

 ガラテアが目を見開き、右手を前に差し出す。右手の人差し指から、針のように絞り込まれたエナジーボルトが放たれた。

 指先から放たれた魔力の針は、胸に突き刺さった矢を貫き、そのままトロールの心臓に突き刺さって、そこで弾けた。

 

「グガ!?」

 トロールの動きが止まる。直後、口からゴボッと血を吐き、そのまま倒れた。心臓を破壊されたトロールはほぼ即死状態で息絶えていたのである。


「う、うう。ってトロールは!?」

 全身を打った衝撃から立ち直ったリンが目にしたのは、魔素に還っていくトロールの姿だった。


**************************************

「今、いったい何をしたんだ……?」

 ガラテアのなした離れ業を見て、シーマは一人ぶるりと身を震わせた。

 確かにトロールはその瞬間動きを止めていた。反射されたダメージと、心臓に向けて飛んできた矢を受け止めるのに全身に力を入れて硬直していた。


 トロールに魔法を当てることはさほど難しいことじゃない。あれほどの巨体だ。

 ただ、トロールの胸に突き刺さった矢に魔法を当てるとなると、途端に難しくなる。まして、矢の後ろからそのままトロールを貫くように当てるとなると、完全にピンポイントで打ち抜かなければいけない。

 動く相手に刺さった矢に再び垂直に矢を当てて打ち込むような真似は……できたとしてもほぼまぐれだろう。


 ノーコンの理由はわかっていた。ガラテアはメンタルが弱い。プレッシャーに負けて破れかぶれで魔法を放つ癖があった。

 焦ると魔法の集中は甘くなるし、狙いも付けられない。何なら目を閉じて魔法を打ち出す。

 さっきの戦いでも目を閉じていた彼女を見て、ああ、またかって思った。

 けど横でクリスが彼女に何かをささやいている。目を閉じるガラテアの姿は、これまでに見られた焦りとか動揺は見られなくて、確固とした決意をもってそこに立っているように見えた。


「……すごいね」

 

 もともとガラテアは、魔法使いとしての技量は突出していた。フィオナ領では天才と言われていたんだ。

 ただあの魔物の氾濫で、恐怖に負けた彼女は魔法をまともに扱えなくなった。

 そんなガラテアを導いて見せたクリスに、ちょっとだけ信じてやってもいいかなって思うのだった。


 というかあたしの演技なんて見抜いてるよねえ。そう思うと、これまで取っていた態度が恥ずかしく思えてきて、少しだけ顔が熱くなった。

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