初陣

 ダンジョン入り口付近は厳重な警戒態勢がとられていた。もともとダンジョンの外に魔物が迷い出ることもあり、衛兵が詰めている。

 それが今日はバリケードが張られ、普段はいない魔法使いたちがダンジョン入り口に照準を合わせていた。


 顔見知りの衛兵に声をかける。

「いったい何事ですか?」

「ああ、クリスか。ギルドにも情報を回しているが、変異種が浅層に上がってきていてな。追い立てられた魔物がまとまった数であふれてくるんだ」

 予想通りの返答に内心ため息をつきつつも、入城の許可を取ろうとする。

「今ダンジョンに入ることはできますか?」

「んー……って仲間がいるのか」

 リンたちだけならばパーティランクはEだが、僕の持つ実績があればパーティランクは平均化されてC+だ。これは中堅どころと言うことになる。

「ええ、実は変異種を報告したのがこのパーティでしてね、その時に仲間とはぐれたので救出にい向かいたいんです」

「そうか……ランクは条件を満たしているが、今は非常事態だからな。ちょっと待っててくれ」

 パーティランクのことが一切頭になかったのか、リンは目を白黒させていた。


「えっと、これは……私たちだけではダンジョンへの入場許可すら与えられなかったということか?」

「そういうことです。というか、そこまで考えてなかったって顔ですね」

「あ、ああ。ダンジョンの入り口はいつも開かれているものとばかり……」

「ダンジョンは生き物みたいなものですからね。危険と判断された時は低ランクの入場を禁止することもありますよ。今みたいにね」

「……ところで、だ。その口調はいったい何なんだ?」

「ああ、別にそれほど意味はありませんよ。余所行きってだけのことです」

「なるほど……」

「こうした丁寧な口調で話すと、衛兵みたいなお役人は結構よくしてくれるんです。そのわずかな差が生死を分けたりしますからね」

「そういうものなのか。なるほど」

 うんうんと頷くリンに、大丈夫かとため息を漏らす。完全に与太ではないが、それでも簡単に信じ込み過ぎだろう。

 そうこうしているうちに、さっきの衛兵が戻ってきた。

「ギルドに問い合わせたら、クリスたちは通していいってことだ。気を付けて行けよ」

「はい、ありがとうございます」

 僕は仲間たち目をやると、覚悟の決まったいい目をしていた。

 これから僕たちの向かう先は死地だ。普段と同じと思っていては思わぬことで壊滅と言うことにもなりかねない。


「では、いざ、出陣!」

 ダンジョンの入り口をくぐり、態勢を整えると、リンが若干芝居がかった口調でそう告げた。

 しゃれっ気の無い性格をしているかと思えば、こういう時に冗句が出てくるあたり、かなりメンタルは強そうだ。


「隊列を整えよう。リンを先頭に、僕、ガラテア、クレア、最後尾にシーマで」

「一塊じゃまずいのか?」

「やってみればわかりますけどね。それだと横とか背後から襲われた時に対処が難しいんです」

「なるほど。そういうものか」

「だから前後に敵の攻撃をある程度受け止められる人を配置するのがセオリーですね」

「今まではカレンがどんどんと進んでいたからなあ……」

 ……再教育の必要がありそうだ。うまく生きて見つかるといいが。

「そういえば、カレンさんってどのような方なので?」

「ああ、カレンは……本来ならば私の主筋に当たる方なのだ」

「……フィオナ家ですか」

「ああ。東のダンジョンの暴走で所領を失った。当主様一家も全滅され、生き残ったのはカレンだけだ」

「マックール家は、フィオナ家に仕えていた騎士の家でしたっけ」

「あ、ああ。話が早いな。ここで力を付けて、いつか東のダンジョンを攻略する。そうしてフィオナ家の再興を果たすのが私たちの目的なんだ」

「……いばらの道ですね」

「わかっている。だけどな、道の遠さに絶望していてもそこにはたどり着けない。たとえわずかでも進んで行かなければ、いつまでたってもここにとどまり続けることになるではないか」

「至言だね。そこらで日銭を稼いで飲んだくれている連中に聞かせてやりたいものだよ」


 速足で通路を進んでいると、目の前に十体ほどのゴブリンが現れた。

「リン、正面にゴブリン。防御態勢で敵を引き付けるんだ」

「ふん、あれ程の相手、私が蹴散らす!」

「オーダー! リン! 防御態勢でゴブリンを引き付けろ!」

「ふぇ!? あ、なんでだ!?」

 リンは駆けだそうとする足を止め、ぐっと地面を踏みしめる。

 ガァンと盾を打ち鳴らす音が反響し、立ち止まっていたゴブリンたちの目がこちらに向いた。


「ええい、私が相手だ!」

 盾を構え、剣をかざす。先頭のゴブリンの繰り出す棍棒を盾で受け流し、そのまま首を刎ねた。


「シーマ! 援護。背後の警戒もよろしく!」

「承知した、主よ」

「ガラテア、大きい魔法は使わなくていい。エナジーボルトでゴブリンの足止めをして。焦らなくていいから」

「は、はひっ!」

「クレア。探索から戻ったらペドロ神父の協会に寄付を行おう。報酬は後払いになるけどいいかい?」

「乗った」

「じゃあリンの回復をお願い」

「今のわたくしは定額使い放題サービス、だぞっ」

 回復魔法の光は魔物には非常に不快なものに見えるそうだ。故に、その光を発するものに憎しみを向ける。

 クレアは襲われることを想定し、バックラーを装備している。手にはワンドではなく、ハンマーを握り締めていた。

「リン、敵を引きつけるんだ!」

「くっ、承知!」

 ガァンと盾を打ち鳴らす。金属音は魔物の注意を引く。回復魔法の光と金属音で、どちらに向かうか迷ったゴブリンの頭にシーマが放った矢が突き立つ。

「お見事」

「ふふん」

 若干胸を張り、ドヤ顔を決めるシーマ。頭上の猫耳はピコピコと向きを変え、周囲を警戒しているのがわかる。

「敵は他にいるかい?」

「いない。少なくともこれだけドンパチやってて近くにいるならすでに来てるはず」

「それもそうだね」

 十体以上いたゴブリンは最後の一体がリンの剣で胸を貫かれた。


「すごい。リン以外無傷って初めてじゃないかな」

 シーマがぽかんとしていた。

「リン、騎士の役割は味方を守ることだ。君の誉れは敵を倒すことじゃなくて、敵を食い止めること。仲間が無傷であることを今後は誇ってほしい」

「あ、ああ。そう、だな」

 なんとも言えない表情でリンが答えを返す。

「実はですね。リン自身もこれまでにないくらいダメージが軽いんですわ」

「ああ……そういうことね。これまでは敵がばらけてたから」

「そうなのですわ。背後から攻撃を受けたりして、常に乱戦でしたから……」

「そこにガラテアのフレンドリーファイアが加わると」

「あの子はあわてんぼうさんですから」

「その一言で済ますなよ……」

「うふふ、けれどクリス様が加わったことで、戦闘がすごく安定しました。これからもよろしくお願いいしますわ」


 そんなこんなで僕らの初陣は大過なく終わった。あとは先に進んで、仲間を助け出すことだ。

 しかしながら、世の中そんなに甘くはないことを、僕が思い知ることになるのはすぐ先のことだった。

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