白紙のカード

 ガラテアを外して、今度は彼女ら3人にゴブリン5体をぶつけてみた。


「うおりゃああああああああ!」

 リンが雄たけびを上げて……その場に仁王立ちする。

「えっ!?」

 当然ゴブリンたちはばらけて、それぞれに襲い掛かる。

 悲惨なのはシーマで、彼女は近接戦闘があまり得意ではない。そこを見抜かれてゴブリン三体に追い掛け回される。

 そのまま袋叩きになりかけたところで、一対一で勝利をおさめたリンとクレアがゴブリンを後ろから叩き、何とか勝利をおさめた。


「おい……」

 僕の声はいろんな感情がないまぜになってひどく震えていたと思う。

 剣呑な声にリンの表情が引きつる。


「おっまっえっらっは、何を考えているんだよ!」

 一人一人を指さして大声でツッコミを入れる。

「えー、だってゴブリンたくさん来たら怪我するじゃないか」

「ヒールは一回50ギルダーです」

「……もういやニャ」

「ちょい待てえ! なんで仲間に魔法駆けるのに金とるんだよ!」

 その言葉にシーマがうんうんと頷く。

「わたくしが教えを受けた教会では、神の慈悲を無償で与えることは冒涜だと教わりましたので」

「ちなみに師匠は銭ゲバで有名なペドロ神父だ」

 腕は確かだが、彼の協会では寄付金が異常に高い。しかし、それでも訪れる人が途切れないのは、腕は超一流でしかも成功報酬と言うことだった。


「う、うーん……」

 ガラテアが目覚めるとダルそうなしぐさで体を起こす。

「お、起きたね。今日も素晴らしいノーコンっぷりだったよ」

 リンのからかいにガラテアの顔色が真っ白になる。ちょうどそこで使用時間の終了を告げるブザーが鳴った。


 僕の結論は……うん、無理。とりあえず金貨1枚を救助の謝礼として渡す。そして彼女たちと別れて、クラスチェンジの手続きをしに、ギルドへと向かうのだった。


「ねえ、あの子たちどうだった?」

「うーん……一人一人のポテンシャルはすごいんだけどね。問題がありすぎ」

「だよねえ。でなかったら出世頭になっててもおかしくないはずなんだけど」

「見るべきところはあるよ。けどね、それがかすむほどの欠点があるから」

「なるほどね。わかったわ。無理はいわないことにします」

「うん、それでこっちが本題。クラスチェンジしたい」

「まあ……」

 チコは目を輝かせて僕を見てきた。

 じっと僕を凝視する。おそらくは看破とか鑑定系のスキルを使っているのだろう。

「どう?」

「んー、基本ステータスは一応上がってるんだけどね。上位職に匹敵してるのはINT(知力)だけなのよね」

「じゃあ、魔法職とかにつける可能性はあるのかな?」

「魔力は低くないんだけどね」

「うん、まあ今のままよりもいいさ。と言うかこれ以上悪くなりようがないからね」

「……そうね。それに、お金は充分稼いだでしょ?」

「ああ。だから冒険者を続けられなくなったら嫁さんでも貰ってのんびり過ごすよ」

 ひらりと手を振って、チコから発行されたカードを手に、ギルド奥の扉をくぐった。


「え? クリス君?」

 僕の顔を見たクラスチェンジの受付には見知った神官が座っていた。僕の周囲を射渡すけど、一人で来ているんだから当然同行者はいない。

「やあ、アルマ」

 挨拶しつつ、受付から出たカードを渡す。

「ふえええ、クリス君がクラスチェンジなんだ」

「うん、なんとかね」

 アルマはカードを受け取ると、魔力を通して偽造でないことを確かめる。そして目の前のクリスタルにカードをかざした。

 

 クラスチェンジの手続きは何度か見ている。前にいたパーティのメンバーはみんな1度はクラスチェンジしていた。

 現在のステータスを写しとったカードをクリスタルにかざすと、つくことのできるジョブが表示されるのだ。

 カードが出たということは僕にもクラスチェンジできるジョブがあるということだ。ステータスが不足している場合は、転職可能なジョブがないと表示される。

 アルマもそのことを知っていて、僕の差し出してきたカードを受け取っていた。


「えーとね、クリス君。あたしもこんなことはじめてなんだけど……」

「うん?」

「カードにね、転職可能ってだけ出てるのよ」

「へ?」

「ジョブが表示されないの。クリス君のステータスだと、魔法使いの上位職かなーって思ったんだけど」

「何も表示されてないっていったい……?」


 その時、僕の脳裏に一つの可能性が飛来した。

「まさか……?」

 僕の閃きにアルマも同時にたどり着いていたようだ。

「おそらく、ですが。前に同じことがあったか調べますね」

「うん、お願い。僕は進むよ」

「……わかりました。クラスチェンジは周囲から見ていると瞬時に終わってるように見えますが、人によってはものすごく長い時間を過ごすこともあるそうです」

「覚えとく」

「ええ、だから気を付けて行ってらっしゃい」


 そうして、受付の前を通って突き当りの扉を開く。アルマがクリスタルに手をかざすとカチンと留め金が外れる。

 そのままドアを押すと、抵抗なく開く。そしてそのまま次の部屋に踏み込んだ。


「さすがにここは初めてだな」

 周りを見渡すと、宿屋の一番安い部屋ほどのスペースの真ん中に魔法陣が描かれていた。

 人間一人が入るのにぴったりの広さで、その真ん中に立つ。


「人の子よ。お前は何を望むか?」

 唐突に頭の中に声が響いてきた。

「だれだ!?」

「我は全知全能の者、同時に零知零能の者。全てを知り何も知らぬ」

 何言ってんだと言おうとして、体が動かないことに気づいた。視界が閉ざされ、周囲が静寂に包まれる。

 五感が奪われていく中で問いかける声だけが耳に届く。

「我が問いかけにこたえよ。汝はこの世で何を望む」

「僕は、僕の生きた証を残したい」

「いかにしてそれを成す」

「僕にしかできないことはあるはずだ」

「汝の才をここに示そう。汝のみが成し遂げる試練、受けるか否か?」

「受ける!」

 その言葉を境に、暗く閉ざされていた視界が開く。


 僕は昏く深いダンジョンの奥にいた。僕の周りには、顔もわからない人影が5人。それぞれ、剣と盾、槍、弓、杖、魔導書を携えた冒険者だった。


 彼らは僕の周辺に陣取り、武器を構えている。

 そして目の前には、百を超えるゴブリンが群れを成して襲い来るところだった。

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