とある駆け出しパーティ

 なるほど、それでは資金は尽きる。ダンジョンは王国が管理している。入る際には税を納めないといけない。しかし、駆け出しランクのEは最初の一か月は税を免除される決まりだった。

 昇格はそれほど難しくない。一定数の魔石を納付するか、クエストと呼ばれる仕事を数回こなせばいい。


 駆け出しが受けられる仕事はダンジョンの第一階層で解決できる程度の内容のはずだった。

 すなわち、ゴブリンの魔石を10個持ち帰る、といった内容だ。

 ギルドでは魔石を買い取り、換金してくれる。その数や質に応じてギルドポイントがたまり、現金化せずにただ納付する場合はポイントが多くもらえる。

 ギルドポイントは昇格の際に功績としてカウントされるので、早く昇格を狙うパーティは敢えて納付だけにすることも多い。


「えーっと……」

「ふん、お前も聞いたことがあるだろう? エタニティ・ノービスとは我々のことだ!」

 聞いたことはあった。ダンジョンに入るたびに赤字を垂れ流し、そろそろ資金が尽きると言われていた噂も含めてだ。

 彼女らにも正式なパーティ名があるのだろうが、半年間クエスト達成率0%という金字塔を打ち立てたことで、ギルド職員からもそう呼ばれていた。

 マックール嬢の宣言に、魔法使いは顔を赤らめてうつむき、弓兵は肩をすくめていた。

「えーっと、じゃあさ。僕をパーティに入れてくれないかな?」

「はあ? お前正気か!?」

「いや、僕も昨日パーティをクビになってね。知ってる? フェンリルの牙ってところにいたんだけど」

「ちょっと待て! 今一番有名なパーティじゃないか! そういえばメンバー募集をしていたな……」

「ああ、うん。僕はそこで後方支援を担当していたんだけどね」

「……聞いたことがある。戦闘には加わらないが、くっついて行って雑用をこなすメンバーがいたと」

「一応それだけじゃなかったんだけどねえ。まあ、そうとられてもおかしくはなかったかなあ」

「ふん、いくら落ちぶれても卑怯者はいらん!」


 マックール嬢は頭から湯気でも吹きそうな勢いで僕をにらみつける。まあ、わからなくもないさ。口さがない奴らから見れば、僕はただの寄生虫だろう。


「まあまあ、僕が何をしていたか聞いてみない? 損はさせない。それでもパーティ加入が無理ってことでも、助けてくれたお礼をする。それでどうかな?」

「了承」


 それまで挨拶以外口を開かなかった魔法使いのガラテアが声を上げた。

「おい!」

「彼がいたのはAランクパーティーの「フェンリルの牙」。深層までたどり着いていた。そして、もしも彼がただの足手まといならとっくに迷宮に飲まれてる」

「……うむ」

「Aランクにいたという経験は決して私たちの損にはならない。それに結果はどうあれ報酬はもらえる。そうすればまだ私たちは探索を続けられる、どう?」

「あー、わかったよ。で、どこで話を聞けばいいんだ?」


 話はまとまったようだ。弓兵のシーマも僕が目線を向けるとこくりと頷いた。

 気になるのはいまだすやすやと眠り続けるクレアのことだった。


「あ、すまん。クレアを起こすのに協力してくれ」

 マックール嬢はやけに真面目な顔をして僕に告げてきた。

「いいけど、どうしたら?」

「何、簡単なことだ。小銭を床に落とせばいい」

「ふぇ!?」

 驚きつつも銅貨を床にポンと投げた。落ちたときのわずかな金属音に反応して、クレアと呼ばれた少女は頭から突っ込むように銅貨を押さえる。

「お金! お金だよ! リン!!」

 その姿にシーマは肩をすくめ、ガラテアはこめかみを指で押さえる。そしてマックール嬢は顔を真っ赤にして震えていた。


「じゃあ、訓練施設に行きましょう。あなた方の戦いを見せてほしい」

「ああ、それとだ。リンでいい。家名を名乗りはしたが、あまり居心地のいい名前じゃないんでな」

「了解した、リン」

 僕たちは連れ立ってギルドの受付に向かって歩き出した。救護室の使用料はやはり僕が支払うこととなったのは言うまでもなかった。

「あら、クリス。どうしたの? 後ろの皆さんは……って、え??」

 ギルドの受付に行くと、顔見知りのチコが声をかけてきて、一緒にいるメンツを見て驚きの表情を浮かべる。

「ああ、とりあえずこれ」

 ギルドカードを差し出すと、口座から救護室の使用料が差し引かれる。

「クリス。貴方ねえ……無理しちゃだめよ? 貴方には戦い向けの筋肉は備わっていないんだから」

 チコは眼鏡の蔓に指をかけ、こちらを見る。

「ああ、せいぜい気を付けるよ。それでだね、一応僕レベル30になってるはずなんだけど、どうかな?」

「ああ、うん。クラスチェンジできるレベルね。その筋力だとあまり期待はできないけど……」

「まあ、いいさ。今よりはましになるだろ」

「うーん。それだけINTが高かったら普通は魔法職の適性が出るのよねえ……」

「クラスチェンジにほのかな期待をしておくよ。それで、シミュレーターを使いたいんだけど」

「ふうん……フェンリルの牙を抜けた君が何をするのか楽しみにしてたけど……なんとも、ねえ」

「今の僕はただのソロ冒険者だからね」

 相談しながら僕は所定の書類にペンを走らせ、ギルドカードから使用の料金を支払う。

 チコはリンたちを値踏みしている。依頼のあっせんは受付嬢の重要な業務で、依頼に失敗した場合、ギルドにもペナルティが来るのだ。


「ねえ、あの戦士っぽい女の子、すごくいい筋肉してるんだけど」

「へえ?」

「ほかの子たちも、ポテンシャルすごく高いわよ? なんであの子らが……?」

「さあね、その理由はこれからわかるさ」


 渡された伝票を確認する。強度レベル……4だって!?

 発行責任者の所にはチコの名前が記されており、レベル4でなければいけないと彼女が判断したのだろう。

 フェンリルの牙にいた魔法使いでレベル5だった。レベル40相当の戦力が認められたということか。


「へえ……」

 後ろで和気あいあいと話をしているリンたちを引き連れて、シミュレーションルームに入った。


「なんだい、ここは?」

「シミュレーションルームだよ。新しいメンバーとかが入ったときにいきなり実戦ってわけには行かないだろ?」

「ああ……」

 リンの質問に答えると、胡乱な返事をしつつ目をそらした。

 よくわかっていないらしい。

「ここはダンジョンの魔素を引き込んで仮想的に魔物を発生させているんだ。実践訓練のためにね」

「へえ! じゃあレベルも上げられる?」

「ダンジョンほどの魔素の濃さじゃないから効率は悪いけど、できなくはない」

「いいねえ、それでいくらかかるんだい?」

 費用を伝えると、リンは真っ青になった。なお、レベルが上がるほど結界の強度が上がるので、強力な魔物を呼べるし、強い攻撃にも耐えられるが……費用はどんどんと上がっていく。レベル4では1時間で750ギルダーだ。

 金貨1枚で1000ギルダー、駆け出しの冒険者が1回の探索やクエストで稼ぐ金額がだいたい100ギルダー。宿に一泊が50ギルダーといえば、リンが青ざめるのもわかるか。


「じゃあ、ゴブリンを出してみるから倒してみてよ」

「ふふん、この私に任せるがいい!」

 ふんぞり返ると分厚い胸部装甲がゆさっと揺れる。そこに目をやらない様に視線を逸らすとシーマがニヤリと笑みを浮かべた。

 リンの実力は大したものだった。棍棒の一撃を盾でそらすと、すれ違いざまに胴を薙ぎ払って一撃で倒した。


 シーマは近寄られる前に素早く矢を放ちゴブリンを射抜く。

 クレアは……ハンマーで滅多打ちだった。神聖魔法で輝きの弾丸(ブライト・バレット)と言う呪文を使うのが普通なのだが……。身のこなしはちょっとした戦士よりも上だろうか。

 そして最後のガラテア……こいつが問題だった。


「紅蓮なる光、焦熱の手よ!」

 二小節の詠唱は正確に呪言をなぞり、魔力のコントロールもしっかりと成されていた。

 そしてワンドを振りかぶって放つ、そのときだった。


「伏せろ!」

 リンが盾を構えて防御態勢を取り、シーマとクレアがリンの真後ろから避けるように飛びのく。

 真後ろに振りかぶったワンドの先から、火球がこちらに向かって飛んできた。

「なにっ!?」

 リンは盾に魔力を通して火球をはじき返す。実は地味に高等技術だ。

 

「いいかげんにしろお!」

 リンが大声を上げる。ガラテアはその声に慌てて魔法を四方八方に放つ。

 魔力の集約と制御が完璧にできている、と言うことは……威力も高い。

 シミュレーターが呼びだしたゴブリンは、至近弾を受けて消し飛んでいた。


「ぜえ、ぜえ、ぜえ……」

 シミュレーターの制御盤から警告音がなる。確認すると結界の耐久力が半分を切っていた。

 そして本人は魔力切れで目を回している。


「だめだこりゃ……」


 僕は頭を抱え、天を仰いだ。

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