そして僕はパーティをクビになった
「お前はクビだ。クリス」
「なっ、どういうことだ!」
迷宮の20階層の踏破に成功した祝勝会の席、リーダーであるユリウスが唐突に告げた。20階層突破の功績で僕たちははAクラスへの昇格が内定していた。
「お前は戦いには一切加わらないが一人分の分け前を持っていく」
「僕は報酬相応の働きをしていると思うけどね?」
声の震えを押し殺し、内心の動揺を隠しながらクリスは応える。
「お前を首にしてもう一人戦えるメンバーを入れたら僕たちはさらに上に行ける。陛下が立ったとされる、迷宮第30層で成果を上げれば、ランクSも夢じゃない!」
「わかった……後悔しないでくれよ?」
「しないさ。お前こそ頑張れよ。クリス」
言葉は励ましであっても、その口調にはあざけりが多く含まれていた。
「ああ、これは今回の分け前だ。クラス昇格のボーナスも入ってる。約束を破るのは嫌いだからな。約束通り等分だ。ありがたく思え」
ギリッと歯を噛みしめてクリスと呼ばれた少年は金貨の詰まった革袋を手に席を立つ。その握りしめられた拳からは血がにじむ。
そして、彼は一人で迷宮の入り口に立っていた。右手には一振りのナイフ。左手にはバックラー。バフ・ポーションを一気に飲み下し、力がみなぎってくるのを感じた。
彼のレベルはいま29。レベルが30に達すれば紋章が変移することがある。その一縷の望みに賭けて、ソロで迷宮に挑もうとしていた。
クリスの前には駆け出しのパーティが笑みを浮かべながら迷宮入り口に立つ。打ち合わせをしながら彼らは迷宮に足を踏み入れていった。
そしてクリスは、迷宮で駆け出し冒険者が最初に出会う魔物、ゴブリンと向き合っていた。
「グギャアアアアアア!」
棍棒を持ったゴブリンが襲ってくる。ギルドで登録時に学んだ護身術を思い出し、振り下ろされる一撃をバックラーで受け流し、ナイフで突く。
刺突はゴブリンの肩を貫き、緑色の血が吹き出す。
ゴブリンの目は怒りに染まり、やたらめったらに棍棒を振り回す。それを避け、バックラーで弾く。ナイフでは受け止めない。折れてしまう可能性がある。
しかしそれではクリスの方も近寄れない。
奇声を上げつつ、ゴブリンが襲ってくる。改めて集中する。
戦士の才があったら、すでに最初の刺突でゴブリンの急所を貫いていただろう。魔法の才があれば、近寄ることも許さず焼き払っていただろう。
恨めしい、妬ましい、悔しい、戦いの才がない自分に対しての怒りがその身を焦がす。
それでも不屈の精神力をもって、いつ来るかわからないチャンスを待ち続ける。無限とも思えるような時間が過ぎていく。
目を血走らせ棍棒を振り回してくる。いつバフ効果が切れるともわからない
「GYAAAAAAAA!」
振り回される棍棒を避け損ねて側頭部を叩かれる。脳を揺らされ視界が揺れる。それでも棍棒が止まった。チャンスとばかりにナイフを水平に振るった。のどを切り裂かれ断末魔を上げるゴブリンは指先からボロボロと崩れ、魔素に還る。
その力を吸い上げると同時に体の中で何かがかちりと噛み合う。そして頭部に受けた衝撃で意識が遠のいた。
膝をつき、薄れゆく視界の中で、誰かがこちらに駆け寄ってくる。呼びかける声は人語であることを理解して、クリスは意識を手放した。
「う……」
頭痛と共に目を覚ます。右手が何か温かいものに包まれていた。目を開いて右を向くと尼僧の服をまとった少女が僕の手を握りしめて眠りに落ちていた。
「ここは……?」
意味のないつぶやき、建物の調度に見覚えがある。おそらくギルドの救護室だとあたりをつけた。
「あ、起きたね。寝坊助」
声のした方を見てすぐに目をそらす羽目になった。僕の視界は瞬時に肌色に支配されたからだ。それでも視界に入ってしまったものを反芻すると、見えてはいけないところはぎりぎり隠れていたように思える。
「あらあら、可愛らしいことね」
別の声が聞こえる。落ち着いた声音ではあったが少しこちらをからかうような口調であった。
改めて僕の手を握り締めている少女のさらに後方に目をやると、ローブに身を包んだ少女が笑みを浮かべていた。
「あー、えーと。助けてくれたのかな?」
「うむ、このわたし。リン・マックールに感謝をささげるがいい!」
胸を張るとなにか体の前部の突起物がぶるんと揺れた。あれを見てはいけない。あれは僕を惑わすものだ。
「はい。僕の名前はクリスといいます。マックール嬢に感謝を……」
視線を下にそらすと、綺麗に鍛え上げられた脚が惜しげもなくさらされている。膝当てはついていたが、ブーツではなくサンダルを履いているのは街中だからか。
改めて部屋の中を見渡すと、壁にもたれかかった弓を持つ少女がいた。目が合うと目礼を返してくれる。
「ああ、紹介しておこう」
マックール嬢が一人一人を指さして名前を告げた。
曰く、そこで眠っているのは僧侶のクレア。魔法使いのガラテア。そして弓兵のシーマである。シーマはネコミミがとても魅力的な少女だった。
「実はもう一人いるんだけどね。ちょいとやらかしてしまってね」
理由はよくある話で、前回の探索で重傷を負ったらしい。その帰り道にゴブリンと半ば相打ちになった僕を発見したということだった。
「そうか、僕は運が良かったんだな。ありがとう」
「なに、いいさ。でね……恩に着せるわけじゃあないんだけど、ねえ」
「ああ、金貨でいいかい?」
「ヒューッ、話が早いねえ」
家名を持つなら少なくとも騎士階級の出身だろうに、ギルドの荒くれの様な言葉遣いをする。
「で、君たちはいつから潜っているんだい?」
「ああ、かれこれ、半年くらい、かな?」
「へえ。それでランクは?」
「……だよ」
「うん?」
ランクを聞くとマックール嬢は言葉を潜めた。返答してくれてはいるが、聞き取れないほどの小さな声だ。
「ええい、Eランクだよ。文句あるか!」
思わず僕はポカーンとしていたのだろう。Eランクとはギルドに登録した直後に与えられる、いわば見習いだ。彼女らのほかにもう一人のメンバーがいて、それで半年かかっても昇格できないとは……?
「えっと、ダンジョンには何回もぐった?」
「……もう何度となく」
「え? ええ? ええええええええええええ!?」
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