第13話 城下町 - 3 -
泥棒はどうやら三軒先の店から、パンを奪っていったようだった。
フェルデナントはパン屋の女主人に事情を聞くと、私に向かって「短髪の赤髪だ」と叫び人混みに消えていった。私は宝石屋のテントに足をかけ、店の出窓にぶら下がると赤髪を探した。
いた。身長が低くチラチラとしか見えない。
「フェルデナント! 10時の方向、二軒先の果物屋を曲がって!!」
フェルデナントは左手を上げて、人を丁寧にかき分けて進んでいった。私は出窓から屋根に登り、フェルデナントより先に泥棒を追った。搔き分ける人はいなかったが、独特の急斜な屋根を走るのは簡単ではなかった。
果物屋を曲がった先は細い裏道になっていて、入り組んでいた。目の端に映った赤を追うように何度か角を曲がる。曲がる度に、フェルデナントの目印になるよう飛び道具を家の壁に投げ刺していった。
泥棒が裏道をがむしゃらに走っていて、カヴァリヤの人間でないことは明らかだった。洗濯物が棚びく細い道、彼は視界を遮られて見えないだろうがこの先は行き止まりだ。大声でフェルデナントを呼ぶ。
泥棒がシーツを避け、目の前の積み重なった樽と木箱と家の壁を見た瞬間にフェルデナントが現れた。
「そこまでだ!」
シーツは泥棒にはぎ落とされ、フェルデナントと赤髪の泥棒を遮るものは何もない。フェルデナントが距離を詰める。
小柄な泥棒は、重心を下げさらに低い位置でフェルデナントの攻撃に備えた。右腕が背中に回る。
「……っつ!!!」
腰に光るものが見えた瞬間に、私は先ほどまで道案内に投げてきた飛び道具を泥棒の右手めがけて投げた。同時にフェルデナントは痛がる男を組み敷いた。一瞬の出来事だった。
「盗んだものは?」
泥棒は押さえつけられて、苦しそうにくっと声を上げた。
フェルデナントは、男の衣服を弄ると上衣から腰紐に繋がれた袋を取り出した。中には拳ほどのパンが二つ入っていた。
「カヴァリヤ国民ではないな。どこから来た」
「…………」
泥棒は答えなかった。屋根を降りて、近くに寄ると泥棒は10代の少年のようだった。
「何も答えなければ、城に連行して地下牢に入ってもらわなければならない」
「……シレンシオ」
「親は?」
「いない」
「仲間は?」
「……」
「シレンシオに強制送還することになる」
少年は問答中もずっとフェルデナントの腕から抜け出そうと力を込めているようだったが、びくともしなかった。顔は歪んでいたが身体的な苦痛だけがそうさせているのではないのだろう。今にも泣き出しそうな表情にも見えた。
「……妹がいる。シレンシオに帰る場所はない」
「シレンシオ国民は生活基盤を保障されている。少なくとも食糧を盗まなければならない生活はしなくて済む」
「シレンシオ国民じゃない!」
溜め込んでいた怒りが爆発したように、フェルデナントの言葉に被せるように声を上げた。
「……わかった。名前は?」
フェルデアントはそう言って、二つのパンを少年のバッグに戻した。
「シト」
「シト、妹を連れて城に来てくれ。悪いようにはしない」
シレンシオのことは知っていた。決して悪い国ではない。
最西の海に面した国で、昼は太陽の陽に溢れ夜は星が降る美しい国だと聞いている。海に出る民族を祖先に持ち、今でも海の上で空を見上げ星の動きを読んで世情を占っている。シレンシオは、子供を飢えさせるような盲目な国どころか全てを遥か空の星から把握するように、時勢を見透かしているはずだった。
戦争が起こるまでは。
先の戦争で、恐怖と不安で混乱したシレンシオ国民の多くが国を出たという。戦争が終わってから、多くは国に戻ったというが、戻らずにリューデス村のような賊になったり人里離れた山や森の中で自活している者がいる。
シトもその1人だろう。あるいは両親に連れられて、逸れてしまったかあるいは……
フェルデナントは、シトを立たせると行けというよに背中を押した。
「シュリ、助かった。俺はパン屋に寄るから、城に報告をお願いできるか?」
笑顔を作りながら、隊長の声色で疑問形にした命令を私に下した。
「わかった」
パン屋に支払いをするのだろう。泥棒が子供であったこと、そしてシレンシオの戦争難民と思われることを考えると、少年に罪を追求するよりは、盗みをせずに済む方法がある知識を与えることが、より適切なのかもしれない。
私はフェルデナントと別れ、城に向かった。
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