第11話 城下町 - 2 -

 鮮やかな店が並ぶ城下町で、私が最初に気に留めのは石を売る店だった。確かに美しく輝く色は魅力的だったが、食べれないし何の役にも立たない石が、パンより高い価格で売られているのだ。

 もちろん宝石のことは知っていたが、こんなに多くの、そしてこんなに美しい石の数々を見たことがなく目が離せなかった。


「もっと近くで見よう」

 フェルデナントの声に導かれるように、石の並ぶ店の目の前までやってきた。


 赤、青、そして金色の模様が入った透明な石。人の顔ほどもある大きさから、アクセサリーに加工されているものまでが、店のテントの軒先に所狭しに並べられていた。


「いらっしゃい」

 声をかけてきたのは、店番の老女だった。笑顔で目が細められ、柔和な表情に思わずこちらももう一歩、店の中に入り込んでいった。

 近くまでくると、色とりどりと思っていた石の中でも圧倒的に赤い色の石が多いことに気づいた。目の前にある手のひらほどの赤い石を取り上げた。


「それは、カヴァリヤで取れる鉱石でグラナットという名前なんだ」

 フェルデナントが教えてくれた。

 加工されていないグラナットは、赤い果実のようなワインのような鉱物にも関わらず瑞々しさを感じる赤色をしていた。


「その石はね、カヴァリヤの最東の鉱山で取れるんだよ。美しい赤でしょう。決して無闇に山を暴こうとせず、危険な岩石をどかしたり、近隣の村に必要な岩を取る時にだけ削ったものから取り出しているものなんだよ。グラナットは、だからねぇ、カヴァリヤの生命の色、赤い鮮やかな赤い色をしているんだよ」

 店の老婆はそう説明してくれた。

 慈しむように語る顔の目はまだ細められていたが、その瞳はオパールのように白く霞んでいた。目は見えていないのだろう。彼女の心の中に残るグラナットの赤色は、彼女の見えない目に鮮明に輝いているのだろう。その色は、今も変わらずあると伝えたいと思った。


 私がグラナットの原石を手放せないでいると、フェルデナントは私を覗き込むように「気に入った?」と聞いてきた。

 気に入った。カヴァリヤの地の美しさに、カヴァリヤの人の心の美しさが映ったこの赤色を、美しいと思った。


 私は原石を店に戻した。

「おばあちゃん、ありがとう。グラナットの赤は清らかでとても綺麗」

 棚に石を戻すコツンという音を聞いた老婆は、フィール・グリュークと言って最初に見せた穏やかな笑顔をもう一度見せてくれた。


 私たちは、商店街をさらに進んだ。

 城から離れるほど人は増え、買い物に集中する人の動きを避けなければならなかった。特徴のない服装のフェルデナントとはぐれてしまいそうだったが、その度に、フードを被った長身は頻繁に私の所在を確認して笑顔を見せた。


 たち並ぶ商店が、香辛料や作り立ての湯気で満たされるような食料品を売る店になる頃には、人混みは目の前の人しか見えないほどになっていた。


 なんらかの動物を丸焼きにした料理に目を奪われていた、その時だった。


「泥棒……!!!!!!」


 突如、遠くから女性の叫び声が聞こえた。

 隣を歩いていたフェルデナントは、その声を聞くや否や私に合図をするように頷くと人混みに消えていった。

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