第10話 カヴァリヤ家のこと- 1 -
「さて、どこから案内しようか」
「……」
エクレールに行こう!とバシッと決めたと思ったのに、カイにはあっさりとスルーされて、当のフェリックスは先ほどとは打って変わった王子スマイルで煌びやかに笑みを浮かべている。予言書を前にした沈鬱な表情も美しかったけれど、華やかなフェリックスの顔には余裕に満ちた笑顔の方が似合っている。
「噴水のある中庭はもう知っているな。その奥に花園があるんだ、行ってみよう」
無言でいると、顔を覗き込むようにキラキラした微笑みを押し付けてきた。伺うようなそぶりだが、花園に行くかお伺いを立てている訳ではない。
***
花園はフェリックスの言う通り、噴水のある中庭からバラのアーチをくぐったすぐ先にあった。
薔薇しか名前は分からなかった。
花に溢れていたが、噴水のある広場とは違う雰囲気だった。花園は華やかであったが、誰かに見られることを想定していると言うより、育てた花を間近で楽しむためというように、植物は視線の先に溢れるように植えられて、花の中を歩くとまるで花束の中を散策している気持ちになった。
「ここは母が生前に手入れをしていたんだ」
フェリックスは、大輪の花に顔を埋めるようにして香りを嗅ぎながらそう言った。
「今は、城の者たちが花園を維持してくれている」
「お母様は、お花が大好きだったのね。花で飾るのではなくて、花を楽しめるように作られている気がする」
「……そうだな、母は花が好きだった。特に、この薔薇が。カヴァリヤの国花でもあって、よくモチーフに使われたり、お茶や菓子、蝋燭などの工芸品にも加工される」
石鹸と間違えた、薔薇の形の蝋燭を思い出した。
「……父はよく、冗談めいて母のことを自分の救世主だと言っていた。外見こそ違うが、国務を支えた母に感謝していたんだろうな」
「素敵な夫婦だね」
「そうだな」
「母は幼い頃に亡くなったから、全て聞いた話だ。俺が知つているのは、薔薇が好きでここによく来ていた母だけ。そう言う意味では、父や周りの母に対する良い思い出だけしか知らないのかもしれない」
フェリックスの悲しい一面を垣間見た。
彼が彼の窮地に現れない救世主を恨む気持ちと、一方でフェリックスの母が父の救世主であったように母のような救世主を待ち焦がれる気持ちが、この薔薇の花園に込められてそれを花の美しさで曖昧にしているような、それは、フェリックスそのものだった。
「次は、薔薇のお茶を入れさせて城の書庫に案内しよう」
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