第10話 リューデス村 - 5 -


 城への帰路はもう日も暮れる頃だった。


 あれからフェリックスが20数名の兵をよこし、山賊を捕えるまでにそう時間はかからなかった。

 そして村人達は、避難用の経路から森の奥の川辺まで避難が完了していたらしい。村人の一人が予言書を持って早馬で城まで到着している、と後からやってきた兵士たちから報告を受けた。

 あれだけ焼けた村に、人の気配がなかったこと、人の焼ける匂いもなかったことに違和感を感じていたが、そういうことだった。


 調査のために残る兵士を置いて、サラと私たちはこの焼け跡となった村を後にした。

 

   *


 兵士と隊を成し森へ入る。ちょっとした隊列だが、その寡黙さはまるで葬送の行進のようだ。


 村に泊まる予定が、このような状況になったため野宿をすることとなった。不審な発火が相次いだ焼けた村よりは、森の中の方が今は安全かもしれない。 

 フェルデナントが指揮をとりキャンプの準備が始まった。


 小さな焚火の火が、サラ、フェルデナント、私の三人の顔を照らす。他の兵士達は見張りを含め私たちの周りの離れたところに火を焚いた。


「サラ」 


 最初に口を開いたのは、フェルデナントだった。

 こういう役回りは苦手だろうに、悪いけど私も苦手なの。


「……」


 サラは、ピクリともせず一点を見つめている。戦いの場は初めてだっただろうか、それとも自分の言葉が炎を呼び、人を傷つけたと思っているのだろうか。いずれにしろ衝撃で口が利けなくなったようだ。 


「サラ、カヴァリヤに来て2日目でこんな惨状を見せてしまったこと、カヴァリヤの兵士として恥ずかしく思います。どうか、カヴァリヤを危険で惨い国だと思わないでほしい……」


「……」


「……まだ、心の整理ができていないと思うけれど、一つだけ申し上げておきたいことがあります」


 フェルデナントの声が、パチパチと燃える焚火の音に混じって低く響く。


「あの炎には見覚えがあります。先の大戦でエクレールが用いた火薬という粉を用いた攻撃に似ている。あれほど発火速度は速くなく、発火による攻撃ではなかったが、匂いからして間違いないでしょう。だから、サラ、あなたの言葉が人を傷つけたりしていません。ただし……」


 私が火薬の匂い嗅いだのは、大戦裏の家屋破壊や戦路開拓のための道具として使われた時だが、当時すでに戦場でも使われていたのか。

 フェルデナントが一気に説明をしたが、まだ何か、言い淀んでいる。


「ただし、逃れた山賊共は、サラが何か特別な……魔法と呼びましょうか、魔法のようなものを使ったと思っているかもしれない……そうだとすれば、事実は違うにしろ、あれはサラの魔法になりうる」


 ピクリと、サラの指が動いた。

 フェルデナントは、目の合わないサラの表情をじっと見つめている。カイほど鉄面皮ではないようだ、少し躊躇いがうかがえる。


「……しゃべり過ぎたようですね、サラ、ゆっくり休んでください。俺は兵士達のところに行くよ。女性だけの方が休めるだろう、シアラなら護衛に問題はない。シアラ頼んだ」

 こくりと頷く。


 声だけの会話だったせいか、フェルデナントが立ち上がって、大きく空気が動く。

 去ったと同時に、さっきより一層の沈黙と暗闇が訪れた。


 何を言えば良いかも分からず、手元の小枝で焚火をつつく。  

 すり減った靴が目につく。

 村から城までほとんど野宿で、脱ぐことが無かった。城で新品を勧められるほどだった。

 身につけるものは、慣れれば慣れるほど、近くにあればあるほど。

 どうして小さな傷を見逃しやすくなるのだろうか。

 そして、それでもなお、離しがたい。


「シアラ」


 沈黙を破ったのは、意外にもサラのほうだった。反射的にサラを見る。


「シアラ、私、何ができるのかな」

「サラ……」

 ずっと、それを考えていたというの?


「フェルデナントが言ってたように、私、魔法使えるようになるのかな、怖いけど、みんなの役に立てるのかな、わたし…!」


「サラ、落ち着いて。あの炎は人工的なもので、多分あのあたりに残っていた火薬が何かの拍子に点火したのではないかと思う。……今の段階ではなんとも言えないけど。それにフェルデナントが言ったのは、サラが魔法を使えなくても、山賊達がそう勘違いしていれば、それを逆手にとってサラが魔法を使える救世主だ、ということにすれば良いってことです。だから、あなたは誰も傷つけていない」


「……そっか、私、何にもできなかったもんね、皆戦っていたのに……」

「サラ……?」 


「フェルデナントやシアラが戦っていたのに、私何にもできなかった。怖かった、よ。怖かったけど、何かしなきゃって……。あんな風に村を滅茶苦茶にする奴らを、そのままにしちゃいけないって、村やみんなを守らなきゃって」


 目を真っすぐにこちらに向け必死に見つめてくる、瞳からはぽろぽろと涙がこぼれるのを気にせずに。


 この少女が、私の救世主だ。


 子供のころから思い描いていた救世主様は、強くて真っすぐ私たちを導いてくれる完璧な女神のような人だった。

 サラは違う。

 けれど、私がいつからか忘れていた戦う理由を彼女は真剣に抱えている。

 この人を、私は守りたい。


「サラ、落ち着くまで、少しだけ私の話をして良いでしょうか」


私は、この人の影で良かった。

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