第11話 リューデス村 - 6 -
サラ、わたしの話を少しだけ聞いてください。
「私は、生まれてからすぐに使命を与えられました。予言書の救世主を守る、いえ、もっとハッキリと救世主の身代わりになれと」
「身代わりなんて、酷い……」
サラは眉間に皺を寄せて、ぽつんと言った。
視線は焚火の炎にそそがれどこか上の空のようだから、きっと思ったことがそのまま口を付いたのだろう。
「私にとっては、とても誇らしいことだったんですよ。誰かのために生まれてきたっていう使命感が生きる糧だった。時がくるまでは、村のために仕事もした。戦いの場に出ることも頻繁だった。人が死ぬところを目前にしたり、あるいは人を殺めることもあった……戦場だもの、当然の毎日だった。だから怖かった」
影舞台で仕事をする身として、間接的に人の生死に関わることはむしろ直接手を下すより人の死に対して慣れるのが早いのかもしれない。
少しの沈黙に、サラは炎から顔を上げ私の方に視線を向けた。
「私が怖かったのは、人を殺すことを怖いと思わなくなっていくことだった。なぜ人を殺すと罰せらるか考えたこと、ある?本来、殺人は…同種を殺すことは、怖かったり嫌悪を感じたりする避けたいこと。なのになぜ、あえて法律定めて罰を課さなければならない?きっとね、人は理性ある人間としてのルールと生き物のヒトとしてのルールを二つ持たなければならない、面倒な動物なんだと思うの。法で人間のあるべき姿を形成しているんだと思う、ときにはヒトの感覚と矛盾しながら。だから私は頭で人の死を理解することに慣れて、心が人の死に動かなくなることが一番怖かった」
怖かった。
当時戦場で、一人で森の中で、からっぽになってしまったようだった。自分がミッションを理解し遂行するだけの人形だと思った。
人形が自分は人形であると気づいたら、何か感じるのだろうか。
そのとき私は、人形であったけれど、恐怖と寂しさを感じて、それを支えにして自分を保っていたと、今だから分かる。
「シアラは、とても辛い経験を……したんだね。ごめんね、私言葉が浮かばないよ……でもね、もう身代わりとして人形みたいにしなくて良いんだよ。私は本当の救世主じゃないかもしれないけど、私の身代わりってことでしょ?私嫌だよ」
さっきまで目に涙を浮かべていたサラが、真っすぐに私を見つめる。
「私は、サラに出会うまでにいろいろと考え過ぎてしまった。子供のころのように、ただ純粋に救世主様を神のように慕うことは、もう、できない。けど、短い間だけど一緒に過ごして、サラは、自分の感覚を自覚して言葉にして行動できる強い人だと思いました。怖いという感情を持ったまま行動しようとしたんだもの。それは、私の持っていない強さだと思う。だから、私は、私が言いたかったのは、誰かに決められたのではなくて、今は、私自身があなたを守りたいと思うし、私の意思であなたの影になりたいと思ったの」
できる限りの明るい笑顔を作って笑った。
子供のころから想っていた人への告白のようで、恥ずかしい。まぁ、そうなんだけど……サラがつられて笑顔を作った。
「じゃ、私たちこれから友達だね。私もシュリを守らなきゃ! ね、今度"ごしんじゅつ"教えてよ!」
サラのこの切り替えの速さだけはついていけない……と思いながらも、友達という言葉に温かい気持ちになった。
焚火の火を小さくして、私たちは横になった。
サラの寝息がすぐに聞こえてくる。
この人の影で良かった。
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