第三章 慟哭の音

第1話 出発 - 1 -

 暫く滞在することになった国の王様は、危険人物だった。


 顔が良いことは認めよう。「シアラの村の話が聞きたい」とあてがわれた部屋で一緒にお茶を飲み、ほほえみを浮かべてずっと見つめられたら、老若男女問わず誰でも少しはときめくに違いない。


 そんな陛下様に、今私はアームロックをかけている。サラのベッドの上で。


「ギブギブ! シアラ、本気で締めるな!」

「陛下、お戯れもほどほどにしてくださ……い……ね……!!」

「いててててて……!!! 分かったから、離せっ!! それが一国の主への態度か!!」

「朝から救世主様の部屋に忍び込むのが一国の主のすることですか!?」

 はぁと溜息をつきながら腕を緩めた。


「あれは……挨拶だ」

 美しい女性を口説くのはマナーだろう、と意味の分からない言い訳をするフェリックスを横目に私はサラに向き直った。

「騒々しい朝でゴメンナサイ、おはようございます、救世主様」


「あ、おはようございます。シアラさん」

「シアラと呼んでください。今日は城の図書館へ行くと伺いました。お着替えが終わりましたら食事にしましょう。部屋の外で待っています」

 眉をひそめるお顔も美しい一国の主様を引きずって、サラの部屋を出た。


   *


「……え? 図書館て城の中にあるんじゃないの?」


 朝食にしては遅い食事を済ませたサラは、フェルデナントに向かって言った。フェルデナントはすでに外出の準備万端が様子でサラの向かいに座っている。

「えぇ、カヴァリヤ国の図書館は城から離れたところにあります」

 秘密ですよ、と続け、二人から少し離れた私に向かって目で合図をする。

「サラ様、私も同行します。図書館はカヴァリヤ国の領土内ではありますが、お姿が目立つのでこれを被っていてください」

 私がメイドのふりをしていた時に使った茶色い髪のウィッグを渡した。

 サラはカヴァリヤ国の女性が着る普段着に着替えている。短い丈のスカートの衣装は何かと不便で異国情緒丸出しだからと、着替えさせたのだ。長い丈のワンピースで袖は七分丈で絞ってある。全体的にゆったりとしており、ベルトで自分の体に合わせて着る。サラはワンピースとウィッグでなんの変哲もないカヴァリヤ国民に変身した。


「黒い髪は、あなたたちにとって救世主のしるしって聞いたけど……シアラだって黒髪じゃない」

 黒い髪という珍しい容姿が、つまり異国からやってきたということを意味するのだ。


「私の村では稀に生まれるんですよ」


 すぐに死んでしまうけど。


 本はもともと三部作で成り立っており、大陸の三大国にそれぞれ一冊ずつ存在する。

 カヴァリヤ国のほかに、エクレール国、シレンシオ国がそれぞれ歴史書と現書うつつのしょと呼ばれる本を所有している。誰一人三部作の内容を全て知るものがいないにも関わらず、ある歴史家が人々の噂や伝承をもとに三部作は現在過去未来を記していると思われると発表して以来、このような名前が三冊の本につけられた。国として現在過去未来全てを手に入れることは、世界を手に入れることと等しい。カヴァリヤ国は、予言書を国宝として扱い、領土内の小さな村の図書館で密かにそして厳重に保管している。一般人しか住まない村は戦火を免れる、という理由だ。ここまで徹底して扱うのは、この三冊を国宝として守ることで三国の均衡が保たれるからだ。


 いや、保たれるはずだった。

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