莉奈の想い――新歓大会以前 後編
新歓大会当日、私は緊張に押し潰されそうになっていた。
バレエは大会と言ってもコンテストだったからトーナメント戦なんて初めてだし、1対1の真剣勝負だって慣れてない。しかも、やっとの思いでまともにボールを打てるようになったばかり。
「うぅ、勝てる気がしない……」
思わず弱音を吐いてしまった。すると、近くにいた1年生の女の子が励ましてくれた。
「あんなに頑張ってたんだし、莉奈ちゃんならきっと大丈夫だよ!」
「瑠香ちゃんありがとう~」
開会式が終わって、掲示されたトーナメント表を見に行くと、まさかのシード権獲得で2回戦スタート。
1回戦が免除になってラッキー! って最初は思ったけど、よく考えたら相手は既に誰かに勝ってるってことだから強い人の可能性が高いし、私は体がまだ温まってないのに対して相手は1試合やった後で体が温まってるんだから、私にとってむしろ不利になってない?
そんな風に考えていると、さらに気が重くなってくる。私頑張らないといけないのに! 悠斗先輩にいいところ見せたいのに!
ベンチに座ってひたすらにネガティブな思考のループに陥っていると、悠斗先輩がやってきた。
「おはよう橋本。シード掴めるなんて運良かったね」
「浅田先輩おはようございます。そうですね」
悠斗先輩に挨拶を返すと、悠斗先輩はなぜか心配そうな表情になった。どうしたのかな?
「橋本ちょっと元気なさそうだけど、どうしたの? もしかして緊張してる?」
「え、あ、そう見えました? そうなんです。ちょっと緊張してて、あはは」
うそ、緊張してるように見えてたの⁈
緊張してるってばれちゃうと相手の気を楽にさせちゃうから、試合前から顔には出さないように気を付けてたのに、様子でばれるなんて……。
でもすぐそれに気づいて心配してくれるあたり、さすが悠斗先輩だなぁ。そういう心遣いができるところがいちいちキュンとくる。
「今日の大会は別に正式な大会って訳じゃないから、リラックスして楽しめばいいよ」
「そうですね。変に力が入って、それで負けたら悔しいですもんね!」
悠斗先輩と話したことで気が紛れて、緊張感が少し和らいだ気がした。それから消されかけていたやる気もまた湧いてきた。
少なくとも1回は勝って、悠斗先輩に勝利を捧げるんだ!
***
え、何がどうなっちゃったの?
緊張で動きが硬くなりながらもなんとか2回戦を制した私は、勢いそのままに? 3回戦も勝ってしまい、あれよあれよという間に準決勝まで勝ち進んでしまった。
これまでの相手が全員テニス初心者で、経験者と当たらずに済んだおかげだというのは分かってる。それでもこんなにも勝ち進むことが出来たのが嬉しくて、私は最初緊張していたのが嘘のようにハイテンションになっていた。
「浅田先輩! また勝っちゃいました!」
悠斗先輩を見つけて、私は先輩に駆け寄った。
悠斗先輩は記録用の写真を撮っていて、邪魔をしてしまったかもしれないけど、この時の私はそこに気を使えるほどの冷静さを失っていた。
「おめでとう。橋本の試合見てたけど、いい試合だったよ」
「見ててくれてたんですか? ありがとうございます!」
「山本も一緒に見てたけど、『これはお祝いをしないといけないな~』って二人で話してたんだよ」
「そうだったんですか? それは嬉しいです!」
悠斗先輩から褒めてもらえるだけじゃなく、お祝いまでしてもらえるなんて――。
頑張って良かったと心の底から思った。
ここで、私はあることを思いついた。
お祝いの代わりに名前で呼んでほしいって言ったら、名前で呼んでくれるかな? 欲を言えば先輩のことも名前で呼びたいな。きっと悠斗先輩ならいいよって言ってくれるよね。
私はお願いしてみることにした。
「じゃあ、浅田先輩に一つお願いしてもいいですか?」
「うん、いいよ。何?」
いざ言おうとするとやっぱり恥ずかしいなぁ。でも、もう言い出しちゃったんだから言い切らないと。
「その~、苗字で呼ばれるとすごく他人行儀に感じてしまうので、先輩さえ良ければ名前で呼んでもらえませんか?」
ただ名前で呼んで欲しいとは恥ずかしくて言えず、咄嗟に適当な理由をつけてしまった。でもちゃんと言えたから良しとしようかな。
果たして悠斗先輩は許可してくれるかな?
「え、それだけ? そんなの全然構わないよ。それなら俺のことも名前で呼んでくれていいよ。なんなら山本も急に名前で呼んでも気にしないと思うよ」
悠斗先輩はあっさりとOKしてくれた。
やった! これで悠斗先輩から名前で呼んでもらえるし、私も堂々と悠斗先輩って呼べる!
「分かりました。じゃあ次の試合も頑張るので悠斗先輩も良かったら龍平先輩と一緒に見に来てください!」
「もちろん。あぁそうだ。莉奈の次の相手かなり強いから気をつけて」
「ひぇ~。恥ずかしい姿見せることにならないように頑張ります」
悠斗先輩って呼んじゃったよ~!!
悠斗先輩も莉奈って呼んでくれたし、もう最高! 好きな人と名前呼びし合えるとこんなにも嬉しくなるんだ。
あれ、ちょっと待って。名前呼びしてもらえるようになったってことは、次の試合に勝って決勝に行けたら今度は名前呼びで祝ってもらえるってこと⁈
俄然やる気が湧いて来た。どれだけ次の相手が強かったとしても、頑張って決勝に行くんだ!
***
そうして臨んだ準決勝。私は栗原君に叩きのめされ、顔に思いっきりボールを当てられて意識を失い、倒れた。
栗原君が全力で打ったボールが私の顔目掛けて飛んでくるのが分かって、なんとか避けようとしたところまでは覚えているけど、ボールが当たった時のことは覚えていない。
気づいたら担架で運ばれていて、全身、特に顔が痛かった。
意識を取り戻してから少しすると、私を担架で運んでた片方の先輩が私が目を覚ましたことに気づいて、私が意識を失った後のことを教えてくれた。
私が倒れた時、悠斗先輩と龍平先輩の二人が即座に駆け寄ってきてくれたと聞いて、あの二人は優しいなぁと改めて思ったし、そんなにも心配してくれたことを嬉しく思った。
私を担架に乗せるために悠斗先輩が私を抱き上げた話は、聞いた瞬間に顔を赤くしちゃって、担架を持ってる先輩たちに見られないようにするのが大変だった。
そっか、私悠斗先輩にお姫様だっこされちゃったんだ。それは意識がある時にしてほしかったな~。
医務室に着いて医務室勤務の職員の方に診てもらった結果、顔は骨折してはなさそうだけど、病院でちゃんと診てもらった方がいいということで、病院に行くことになった。
全身の打撲や擦り傷の処置をしてもらった後、病院に行くためにタクシーを呼び、正門に行ってタクシーが来るのを待った。
タクシーを待つ間、私は大会がどうなってしまったのか気になり、その流れで倒れるまでのことを思い返した。でも、思い出し始めてから、そんなことしなければ良かったと後悔した。
その時の感情が一気に思い起こされてしまったのだ。
あの時はわずかながら戦意だったり悠斗先輩に褒められたいという思いがあってギリギリ耐えれていたけど、今はそんなものはなく、ひたすらに怖くて苦しい。
足がガクガクと震えて来た。顔も多分青ざめている。
この辛さに寄り添ってくれる人は誰もおらず、あまりの辛さに気が狂ってしまいそう――。
その時だった。
「すぐに意識戻ったみたいで良かったよ」
目の前に悠斗先輩と龍平先輩が現れた。
「え、悠斗先輩に龍平先輩⁉ どうして?」
「莉奈ちゃんに付いていくよう、先輩からお達しを受けたんだよ」
「う、うぅ……先輩!」
私は悠斗先輩の優しさに甘えたくて、悠斗先輩の胸に飛び込んだ。
「先輩。私、すごく怖かったです。痛かったです……」
「なかなか助けてあげられなくてごめん。無理にでも試合を止めるべきだったね」
悠斗先輩は私の頭を撫でて慰めてくれた。それだけで私の心は少しずつ癒されていった。
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