悠斗の怒り

 莉奈が顔の側面に豪速球を受け、倒れて動かなくなると、辺りは一瞬静寂に包まれた。


『莉奈!!』


 莉奈に当たって跳ね上がったボールが地面にバウンドするのとほぼ同時に、俺と山本は莉奈のもとへ走った。

 

 俺と山本の叫び声でこの試合を見ていた人たちは我に返り、悲鳴を上げたり、「誰か救急車と警察を呼ぶんだ!」と叫んだ。また、もう一方の試合が中断され、そちらにいた人たちが、何があったのかとこちらに押し寄せてきた。


「莉奈、大丈夫⁈」


 莉奈に声を掛けるが応答がない。どうやら衝撃で気を失ったみたいだ。

 ボールを受けた顔は赤く腫れ、体中にあざが出来ていた。


「浅田! とりあえず医務室へ連れていこう」


 男の先輩が二人、担架を持って駆けつけた。

 俺は莉奈をそっと抱き上げて担架に乗せ、医務室へ運ばれていくのを見送った。


「お前!! なんであんなことをした!!」


 山本は俺と一緒に莉奈を見送ると、怒鳴りながら栗原に近寄って胸ぐらを掴んだ。栗原は倒れた莉奈を見て、呆然と立ち尽くしていた。


「あはは、避けなかった向こうが悪いんだ。弱い向こうが悪いんだ。俺は悪くない」


 栗原は現実逃避するかのように弱々しく呟いた。それを聞いて山本の怒りは頂点に達した。


「ふざけんじゃねぇ‼ 莉奈がどんな思いだったか分かってんのか!!」


 そう言って山本は栗原に殴りかかろうとした。


「山本、それはダメだ」


 俺は山本の腕を掴んで止めると、二人の間に割って入り、二人を引き離した。そして栗原と対峙した。


「なぁ、さっきサークルは雑魚ばっかりって言ったよな? 莉奈が雑魚だって言ったよな? 君にそれを言う権利はないよ。莉奈の仇討ちを兼ねて、君にそれを分からせてあげる。だから、俺と大会のルールに従って勝負しろ」

「ふんっ、やってやるよ。返り討ちにしてやる」


 こんなことをしたって何の意味もない。それよりもすぐに莉奈のところへ向かった方がいい。

 そんなことは分かっている。

 でも、山本が殴りかかろうとしたように、こうでもしないと気が収まらないんだ。


 俺は莉奈がいたコートに入り、莉奈が使っていたラケットを拾った。

 コート内にいた人たちは俺の想いをくみ取ってか、何も言わずにコートの外へ出た。


「サーブはそっちからでいいよ。じゃあ、始めよう」





「はぁ……はぁ…………クソっ! なんで点が取れない!」


 俺がマッチポイントを迎え、滴る汗を腕で拭いながら栗原が言い放った。


 栗原は確かに圧倒的なパワーを持っている。だが、技術は人並みだ。

 並みの選手が相手ならそれでも圧倒できるだろう。

 だが、俺は栗原と同等、あるいはそれ以上の威力を持ったショットを打てる人と何回も試合をしたことがある。県上位のレベルになると、これくらいの人はゴロゴロいるのだ。


 だから、俺にとって栗原のショットを対処するのは楽で、栗原が体力を消耗するようにあえて前後左右に振った。そして1点も与えないままマッチポイントを握った。


「さてと、最後に莉奈が味わった苦痛を君にも与えてあげるよ。そこから動くなよ」

「ひ、ひぃ!」


 俺はボールを高く投げ上げ、全力で打った。


 ボールは一直線に栗原に向かい、栗原の顔面――――のすぐ横を抜けて後ろのフェンスに当たり、ガシャーン!! と大きな音を立てた。


 栗原は顔を引き攣らせて固まった。


 俺はセカンドサーブを打たなかった。栗原にこれ以上戦う気力は残っていないのだから、打っても意味がない。


 すると、さっきの試合の観客から事情聴取をして試合が終わるのを待っていたのか、コート脇から警察が現れて栗原を連れて行った。


「お疲れ」


 山本がスポドリを持って、俺のところに来た。そこの自販機で買ったばかりなのか、キンキンに冷えていた。


「あぁ、ありがとう」


 スポドリを受け取って飲んでいると、サークルの副会長である女の先輩が近寄ってきた。


「確か浅田と山本は橋本から慕われてたよね? 医務室に向かってる途中で橋本の意識が戻って、これからタクシーで病院に向かうらしいから、付いていてあげなよ」

「でも、この後もまだイベントは……」

「後は私達がやっておくから心配しないで。今、正門にいるみたいだから、早くしないと行っちゃうよ」

『すみません、お願いします』


 半ば先輩に追い出されるようにして俺と山本は正門に向かった。


***


正門に着くと、莉奈が一人で立っていた。絆創膏が貼られたり、アイシングをしていて、痛々しい姿だ。


「すぐに意識戻ったみたいで良かったよ」

「え、悠斗先輩に龍平先輩⁉ どうして?」

「莉奈ちゃんに付いていくよう、先輩からお達しを受けたんだよ」

「う、うぅ……先輩!」


 すると、莉奈はずっと我慢していたのか急に目を潤ませると、俺の胸に飛び込んできた。


「先輩。私、すごく怖かったです。痛かったです……」

「なかなか助けてあげられなくてごめん。無理にでも試合を止めるべきだったね」


 俺は泣きじゃくる莉奈の頭を優しく撫でて慰めた。

 その間山本は「なんか俺すごく疎外感を感じるんだけど……」などと呟いていた。





 病院に行って検査を受けた結果、脳に異常は見られず、今日と明日安静にしたら大丈夫だと言われた。そして昼食を取り(今度は山本に奢らせた)、莉奈を家まで送って解散となった。

 

 病院を出て昼食を食べにファミレスへ行く頃には莉奈は元気を取り戻し、俺たちとの会話を楽しんでくれたようだった。俺にばかり話し掛けているように感じたのか、山本に「彼女持ちのハーレム野郎」と呼ばれたが、それは山本の気のせいだろう。


 ちなみに栗原は署で事情を聞かれたが、逮捕されることはなかった。けれど、サークルの会長が他サークルや大学に今回の話を報告したことで、ほとんどのサークルに出禁になり、また、1か月の停学処分となったそうだ。まぁ自業自得だ。

 

 俺は今回の件が莉奈にとってトラウマとなり、テニスを楽しめなくなってしまわないことを祈った。


 


 

 

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