悲劇

 いくら二人の間に尋常でない実力差があろうと、それは抽選で組まれたトーナメントの通りに大会が進められた結果やむなく出来上がったマッチアップであり、莉奈の対戦相手が変わることはなく、間もなく準決勝が始まろうとしていた。

 

 水筒を本部に置いていたので、一旦本部に行って水分補給してから莉奈の試合が行われるコートに行くと、人はあまり集まっていないようだった。

 大会が終わった後に場所を変えてBBQをするので、参加者は負けてもここに残って、試合を見たり休憩して大会が終わるのを待つのだが、その多くが休憩しているか、もう一方の試合の方に行っているようだ。

 ちなみにもう一方の試合は、このサークルの1年生の中で1,2を争う実力の持ち主同士のマッチアップとなっている。

 

 観客の中に山本の姿を見つけたので、山本のところへ行った。 


「お、やっぱり来たか」

「そりゃ橋本の試合は気になるからね」

「でも、お前の仕事で言ったら、向こうを見に行った方がいい写真撮れるんじゃないか?」


 そちらの方が白熱した試合になるのは明らかで、広報に使うのに適した写真が撮れるに違いない。でも――。


「これまでにも使えそうな写真はいくつか撮れてるし、決勝だってあるから最悪向こうを全く見に行けなかったとしてもまぁ大丈夫だろ。それより、この試合に関して橋本が心配なんだ」

「それは俺も思った。ぶっちゃけ新歓大会はお遊びのようなもんだから、男女混合でやってること自体は気にならないし、それでトラブったって話は聞いたことがないけど、橋本の相手、栗原だったか? はちょっとな……。これまでの試合見てると態度悪いし、力でねじ伏せるスタイルで技術云々とか全く関係ない試合展開になってるからなぁ。それでいて橋本ちゃん小柄で華奢だから、無事に試合が終わるか心配になるよな」


 そう言って山本は表情を曇らせた。


 コート上では、先ほどまでは意気揚々としていた莉奈が、相手の姿を見て震えあがっていた。


 莉奈が怖がるのも無理もない。莉奈より30センチ近く身長があって、筋骨隆々とした男が気怠そうに首やら腕をぐりぐりと回しながら莉奈を見て、「弱そうだな」などと呟いているのだから。

 これは並みの男子でも恐怖を感じる。

 

「橋本ちゃん落ち着いて! 俺たち応援してっから!」


 たまらず山本が声を出した。

 俺たちは主催者側の人間だから、特定の誰かを応援するのはあまりよろしくないのだけれど、山本の気持ちはよく分かる。

 

「あ、さっき橋本に勝ち上がったお祝いをしないと、って話をしたら、ご褒美に苗字じゃなくて名前で呼んでほしいって言ってたよ。苗字で呼ばれると他人行儀に感じちゃうんだってさ。だから山本も名前で呼んであげて」


 俺がそう言うと、なぜか山本はにやついて言った。


「ふぅーん。それは全然いいんだけど、やっぱりお前好かれてるんじゃね?」

「まさか、それはないでしょ。だって俺、好かれるようなこと何もしてないし」

「でもお前天然の女たらしだからな~。理由も本当かどうか怪しいんだよなぁ」

「それは山本がそういう先入観を持ってるから感じるだけだろ。絶対そんなんじゃないって」


 天然の女たらしという変なラベリングには困ったものだ。ファッションに気を使うようになったのは大学生になってからだとはいえ、俺が本当に天然の女たらしだったら大学に入るまでに最低でも一人は彼女がいると思うんだけれど、俺にとって夢乃が初めての彼女だ。


 すると、時間になったことを告げるアナウンスが入って試合が始まった。


「お、お願いします」

「おなしゃーす」


 



 試合は予想通り一方的な展開となった。莉奈は栗原のパワーに全く対応することが出来ず、サーブすら取れない。


 1ゲームをあっさりと取ったところで、栗原の傲慢さが態度だけでなく、とうとう口に出るようになった。


「ちっ、雑魚じゃねぇかよ」

「栗原君、相手を侮辱するのはやめてください」

「はいはい、分かりましたよ」


 一度注意されたが、どうせまた暴言を言うのだろう。そう思っていたが、意外にもまた暴言を吐くことはしなかった。

 その代わり、栗原のプレーに変化が生じた。


「なんか、プレーがより荒々しくなったというか、もうコースを狙うのはやめて完全に力任せになったよな?」

「うん、さっきのゲームの内容からわざわざコースを狙わなくても勝てるってばれちゃったっぽいね」


 その結果、莉奈の近くに威力のあるショットが飛んでくる頻度が高くなっていた。そうなると当然のことながら――。


「痛っ!!」

「あ、さーせん」


 莉奈にボールが当たることも起こるようになっていた。


 長いことテニスをやっている人間として、相手のショットが体に当たることの痛さが分かる分、見ていて心苦しくなる。そのショットを打ったのがこのガタイの良い栗原であるだけになおさらだ。


 それにしても、いくらコースを意識せずに力任せで打ってるとしても、やけに莉奈にボールが当たる回数が多い気がする。


 まさか⁉


「おい浅田、あれわざと莉奈ちゃんに当てようとしてないか?」

「俺にもそう見える。なんとかしてあげたいけど、どうにも出来ない……」


 わざと当てようとしているんじゃないか? と言ったところで、栗原は巧妙に乱打にみせかけて狙っているから、否定されたら何も言い返せない。


 審判をやっている先輩も同じことを考えているのか、とても辛そうな表情をしている。


 くそっ! 莉奈が傷つくのをただ眺めることしか出来ないのか!





 2球に1回のペースでボールを当てられ続け、気づけば莉奈は1点も取れないまま栗原のマッチポイントになっていた。


 栗原はニヤニヤしてどこか楽しそうな感じさえ漂わせている。それと対照的に莉奈は足がガクガク震え、明らかに戦意を喪失している。


「あ~あ、もう終わりか。このサークル、マジで雑魚しかいねぇな。この試合だって結局1点も取られないまま終わっちまうし。最後戦ってくれたお礼に全力出すか。どうもありがとうございました!」


 そう言って栗原はボールを投げ上げ、ありったけの力を込めてサーブ――というよりもはやスマッシュ――を打った。

 その球は一直線に莉奈に向かって飛び、莉奈は体を捻って避けようとするも間に合わず、顔の側面にヒットした。


 その衝撃で莉奈は後ろに倒れ込み、ピクリとも動かなくなった。


 まさかの出来事に俺たちや審判、観客は一瞬固まった。


『莉奈!!』



 

 

 

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