練習の成果 そして――

 新歓大会に参加することを決めて以来、橋本はより一層練習に精を出すようになった。用事がない日はもちろん、講義が詰まっていたりバイトがある日も少しでも空いた時間があればテニスコートに顔を出していた。

 

 俺や山本も極力橋本の練習をサポートした。けれど、俺たちだって練習はしたいし、そもそも講義だったり用事で来れない時も当然あった。そういう時、橋本は他の上級生に頼んで練習に付き合ってもらったり、練習している様子を動画に撮ってLINEで俺にアドバイスを求めてきた。


 そうして1週間が経ち――。


「うん、山本の球出しからちゃんと打てるようになったね。これなら個々の技術に関しては他の1年生に追いついたって言えるんじゃないかな」


 二日ぶりに俺と山本で橋本の練習に付き合うと、橋本はかなり上達していた。山本が出した球をしっかりとラケットの面に当てて、相手側のコートに入れられるようになった。

 一般的に見れば初心者が少し練習してまともに打てるようになった、というぐらいのことだが、当初の橋本の様子からしたら大きな進歩だった。


「え、本当ですか⁈」

「冗談じゃなくてほんとだよ」

「あぁ、俺もそう思う。それに全国大会経験者の浅田がこう言ってるんだからな。おめでとう橋本ちゃん!」

「やったー!!」


 橋本は満面の笑みを浮かべてはしゃいだ。この1週間熱心に練習に取り組み、その成果が出たのだから、その喜びは一入だろう。

 橋本が練習する姿を傍で見て来た俺たちも橋本が喜ぶ姿を見ると嬉しくなってくる。


「よく頑張ったね。おめでとう」


 俺はそう声を掛けて、橋本の頭をポンポンと撫でた。それを見て山本がなぜか「おぉ」と感嘆する声を上げていた。


「えへへ、ありがとうございます。……ちょっと喉が渇いたからお茶飲んできますね」


 橋本は少しうつむいて言うと、すぐに顔を背けて行ってしまった。


「お前やっぱり天然の女たらしだな」


 山本がニヤニヤしながら訳の分からないことを言ってきた。


「はぁ? 急に何言い出すんだよ」


 後輩が頑張って練習して、それで結果を出したら褒めたくなるのは普通のことじゃないか?


「はぁ~、自覚なしか」

「いや、なんでそうなるんだよ!」


 前に夢乃にも似たことを言われた気がするけど、俺にそんな女子を惚れさせるようなかっこいいことなんて出来ないし、そもそも俺には夢乃がいるんだから、そんなことをする意味がない。


 山本に意味不明な疑惑をかけられていると、水分補給を終えた橋本が戻ってきた。


「浅田先輩、次はどんな練習をすればいいですか?」

「おかえり。じゃあ次は新歓大会に向けて試合形式の練習をしようか。大会は明後日の日曜日だから正直間に合うか分からないけど、少しでもやっておくに越したことはないからね」

「了解です!」

「じゃあ最初にサーブやろっか。回転とか難しいことは考えなくていいから、とりあえずルールに従って相手のコートに入れられるようにしよう。俺が向こうで受けるから、山本はサポートしてあげて」


 こうして試合をするのに欠かせない最低限の技術を教え、なんとか試合で戦えるようにして、新歓大会前最後の練習を終えた。


***


 迎えた新歓大会当日、俺たち2年生以上は多くが大会運営のために招集されていて、俺や山本、それに南もスタッフとしてテニスコートに来ていた。

 

 つい先ほど参加者登録が終了して、参加者は既にサークルのメンバーの1年生の大半と、サークルに入っていない約20人の合計40人強となった。今は本部で担当が抽選をして、その結果からトーナメントを作成しているところで、それと並行して開会式が行われている。


 俺は記録のための写真撮影を任されているので、時々写真を撮りながら開会式を眺めていた。ちなみに山本はトーナメント作成中で、南は開会式で司会を務めている。


 そして開会式が終わると、組み合わせが発表された。

 トーナメント表の前の混雑が落ち着いたところで見てみると、橋本は運よくシードになったようで2回戦からとなっていた。


 すぐに試合は開始され、写真の撮りがいのある面白そうな試合がないか見て回っていると、ベンチに座って2回戦の開始を待つ橋本を見つけた。


「おはよう橋本。シード掴めるなんて運良かったね」

「浅田先輩おはようございます。そうですね」


 橋本はちょっと元気がなさそうだった。体調が悪いという訳ではなさそうだけれど、いつもの明るさが少しないように感じた。


「橋本ちょっと元気なさそうだけど、どうしたの? もしかして緊張してる?」

「え、あ、そう見えました? そうなんです。ちょっと緊張してて、あはは」

「今日の大会は別に正式な大会って訳じゃないから、リラックスして楽しめばいいよ」

「そうですね。変に力が入って、それで負けたら悔しいですもんね!」


 浅田は普段通りの様子に戻ったようで安心した。





 試合は何の問題もなく順調に進んでいき、次は準々決勝となった。橋本はこれまた運良く当たった相手がテニス初心者ばかりで、接戦を制して勝ち上がっていた。


「浅田先輩! また勝っちゃいました!」


 写真を撮っていると、試合を終えたばかりの橋本が来た。


「おめでとう。橋本の試合見てたけど、いい試合だったよ」

「見ててくれてたんですか? ありがとうございます!」

「山本も一緒に見てたけど、『これはお祝いをしないといけないな~』って二人で話してたんだよ」

「そうだったんですか? それは嬉しいです! じゃあ、浅田先輩に一つお願いしてもいいですか?」

「うん、いいよ。何?」


 橋本は遠慮がちに少し声を小さくして言った。


「その~、苗字で呼ばれるとすごく他人行儀に感じてしまうので、先輩さえ良ければ名前で呼んでもらえませんか?」

「え、それだけ? そんなの全然構わないよ。それなら俺のことも名前で呼んでくれていいよ。なんなら山本も急に名前で呼んでも気にしないと思うよ」


 遠慮がちに言い出すから、焼肉連れていってください! くらいのことを言われるかと覚悟したけど、全然易い御用でほっとした。


「分かりました。じゃあ次の試合も頑張るので悠斗先輩も良かったら龍平先輩と一緒に見に来てください!」

「もちろん。あぁそうだ。莉奈の次の相手かなり強いから気をつけて」

「ひぇ~。恥ずかしい姿見せることにならないように頑張ります」


 そう言って莉奈は試合の準備に行った。


 さっき莉奈に言ったように、次の相手はかなり厄介だ。

 サークルに入っていないが、間違いなくテニス経験者である上に体格が良く、パワーがすごい。これまでの相手は全員既にサークルに入っている、そこそこ上手い経験者だったが、すべての試合で圧倒していた。

 これに加えて男女対決となると、莉奈には申し訳ないが、初心者の莉奈が勝てるとは思えない。


 そして何より気がかりなのが、態度が悪いことだった。


 どの試合でも相手を侮辱するような発言が少し見受けられ、その度に審判からやんわりとたしなめられている(こちらはホストなので、あまり強く出る訳にはいかなかった)。


 俺の中では莉奈を応援する気持ちより、心配する気持ちの方が大きかった。


 


 


 


 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る