平日のデート

 次の日、俺は9時半過ぎに西城大学前駅に着く電車に乗ってきた夢乃を出迎えた。


「悠斗おはよ、ってわわっ!」


 改札から出て俺のところに来た夢乃をぎゅっと抱きしめた。


「これは昨日の夜できなかった分」

「そっか。私も今日どこかで悠斗とハグしたいって思ってたけど、悠斗も同じこと考えてたんだね」


 夢乃も俺と同じくらい、あるいはそれ以上の力で俺を抱きしめてきた。


「うん。だって、最後にあんなの聞かされたらハグしたくなっちゃうよ」


 人前なのでハグをするのは数秒間に留め、キスもしなかった。本音を言えばキスしたかったけど……。


「じゃあ行こっか」

「うん」


 俺が手を繋ごうとすると、夢乃は手を繋ぐのではなく腕を組んできた。そして、腕を組むのは初めてのことで、びっくりして静止した俺を先導するかのように歩き出した。


「なんか、今日は大胆だね」

「さっきキスできなかったから、その代わり。それに、前からやってみたかったんだ」

「でもこれ、人前で手を繋ぐより緊張するね」

「だね。でも、さっき人前でハグしてきた人に言われてもなぁ~」


 こうして俺たちが向かう先は大学、ではない。

 今日は夢乃は全休で、俺も4元に一つ般教が入っているだけなので、俺が講義に行くまでこの辺りでデートをするのだ。

 この辺りは都会と言うには少し物足りないが、学生街だからちょっとしたデートができるくらいには店が並んでいる。

 

 夢乃に連れていかれた先は色んな店が入ったビルの、レディースファッションのフロアだった。

 夢乃は組んでいた腕を離すと、店に入って服を見だした。なので、俺も一緒に入って、夢乃に合いそうな服を探す。


 夢乃と付き合ってそろそろ半年になるが、未だにレディースファッションの店に入って服を見るのには慣れない。彼女と一緒に来ているのだし、彼女に合いそうな服を探すのは一切問題ない行為だと分かっていても、怪しまれていないか不安になる。


「悠斗、これどうかな?」


そう言って夢乃が見せて来たのは、白いワンピースだった。


「うん、似合ってる。でも、似たようなの持ってなかったっけ?」

「確かに似たような白いワンピース持ってるけど、デザインが少し違うかな」

「なるほどね。でも、どうせなら少し違うのにしてみない? 例えば、それの色違いとか」


 これはデザインが夢乃に似合っているから、他の色でもっと合うのがあったらそっちの方が個人的に新鮮でいいな、と思ったのだ。


「色違いか~。これらなんだけど、いいのあるかな?」

「う~ん、黄色はなんか違う気がするし……あ、これはどう?」


 俺は夢乃にピンクを勧めた。


「ピンクかぁ、ちょっと明る過ぎる気がするけどな~」

「試着してみたら?」

「そうだね。そうするよ」


 夢乃はそれを持って店員に試着室を使う旨を伝え、試着室に入った。そして、2分くらいすると、試着室のドアが開いた。


「どうかな?」

「似合ってる。すごくいい」


 白いものを着ている時とは少し違った感じに清楚な雰囲気を醸し出していて、夢乃にとても合っていた。


「じゃあ、これ買おうかな」


 着替えて試着室を出た夢乃は、それを持ってレジに行った。

 

 



 それから数店舗回って、もう1着買った頃には正午を過ぎ、1時になろうとしていた。


「私が見たい店ばかりになっちゃってごめんね」

「全然いいよ。それより昼ごはん食べようよ。何か食べたいのある?」

「特にはないかな。悠斗は?」

「俺は、夢乃のバイト先のカフェに行ってみたいかな」


 夢乃のバイト先はこの近くにあって、俺はまだ行ったことがなかった。


「それはちょっと勘弁してよ~。今日夕方からバイトあるし、二人で行ったらいじられちゃうよ」

「それは残念。じゃあそこのファミレスにしようか」

「そうしよっか。あ、今日はダメだけど、私のバイト先には一人の時だったら来ていいよ」

「分かった。夢乃が入ってる時に行くよ。早速今日行こうかな」

「うぅ、なんか照れるなぁ。まだ心の準備が出来てないから、また後日でお願い」

「分かったよ。バイトの邪魔しちゃ悪いもんね」


***


「あ、俺そろそろ行かないと」


 ファミレスに入って食事を取り、会話を楽しんでいたら、もう大学に向かわないといけない時間になっていた。


「私はもう少しここにいようと思うから、会計は私に任せて」

「そう? ならお金渡しとくよ」


 伝票を見ると、俺の支払いは900円弱だったから、千円札を一枚渡した。


「お釣りは夢乃がもらっていいよ。じゃあ行くね」

「ありがとう。講義受けるの頑張ってね」

「夢乃もバイト頑張って」


 ファミレスを出て俺は大学に向かった。

 

 このファミレスは西城大学前駅を出てすぐのところにあるから、いかにも大学のすぐ近くにあるように思えるが、実は大学は駅から少し離れていて、大学まで歩いて10分ほどかかる。

 西城大学駅って言うのだから、もう少し大学に近いところに設置して欲しかったと何回思ったことか。


 心の中で愚痴を漏らしながら歩き、交差点の信号で立ち止まった時にスマホを見ると、LINEの通知が来ていた。

 LINEを開いて確認すると、連絡してきたのは橋本だった。


「突然すいません。昨日はありがとうございました。今日もサークルに行こうと思っているんですけど、浅田先輩は今日は来ますか? 先輩さえ良ければまた教えて欲しいです!」


 う~ん、どうしようか……。

 もともと今日は行くつもりじゃなかったからラケットを持ってきていない。でも、ラケットがなくても教えることくらいなら出来る。

 講義の後特に用事がある訳でもないし、昨日教えたことを忘れないうちに練習した方が身に着くのは早い。


 少し考えた結果、橋本のやる気に免じて行ってあげることにした。


「分かった。行けるのは4限の後になるけど、いい?」


 大学に着いて、教室でマナーモードに切り替える時にスマホを見ると、橋本から返信があった。


「はい、大丈夫です! よろしくお願いします!」

 


 

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