運動音痴の後輩

 3番コートに近づくと、俺たちと同学年の南達弘が球を出しながら、身振りも使ってなんとか伝えようとするも、上手くいかずに苦しんでいる様子がはっきりと分かった。

 その隣のコートでは、さっき俺たちのところに来た先輩が一人で複数の初心者の1年生に教えていた。


「おーい、南。俺たちも手伝うよ」

「それはめちゃくちゃ助かる! じゃあそっちについて教えてあげてくれないか?」

「分かった。さて山本、どっちがつく?」

「多分浅田の方が知識も経験もあるだろうから、浅田がついてあげてくれ。俺は後からフォームとかを見返せるように後ろで動画撮っておくわ」


 ということで、俺が直接指導することになった。

 指導を始める前に、まずは彼女に挨拶した。


「初めまして。俺は浅田悠斗っていうんだけど、君は?」

「橋本莉奈です。浅田先輩なんかすみません……」

「全然気にしなくていいよ。それより、一度橋本のプレーを見させてもらってもいい?」

「分かりました! じゃあ南先輩お願いします」

「はいよー。山本がカメラの準備終えたら始めるわ」


 橋本が構えたので、俺は彼女から離れた。

 彼女の構えている時の姿勢に特に違和感はない。構えに関しては何人もの先輩に教えられたことの成果が出ている。


「カメラの準備出来たぞ~」

「了解! んじゃいくよ」


 南が優しめに浮き球を出した。橋本がそれに反応して体を動かし、体の位置をボールに合わせてラケットを後ろに引き、そして――。





 盛大に空振りした。


 途中までほぼ完ぺきだったのに、どうしてそうなるんだよ!

 俺は見ていて思わずずっこけそうになった。

 

 いや、もしかしたら今回のはたまたまかもしれない。


「ごめん、もう一回やってもらっていい? 南、もう一回頼む」


 もう一回やってもらったが、今度はボールが明後日の方向に飛んでいった。一応ラケットに当たった分、さっきよりはマシかもしれない。

 いずれにしろ、これは思っていた以上に重症だ。


「浅田先輩どうでしたか?」

「え~っと、ちょっと待ってもらえる?」


 俺は動画を見せてもらいに山本のところへ行った。こんな状態の人を見るのが初めてで、ぱっと見ではどうすればいいか分からなかった。


「山本、さっきの2回ともの動画を見せてくれ」

「了解。それにしても、想像以上だったな」

「ああ……」


 山本からカメラを受け取り、動画をスロー再生した。

 こうして見ても、やっぱりラケットを後ろに引くところまでは問題ないどころか、綺麗なフォームだ。

 そして、肝心のボールを打つところにさしかかり、注意深く画面を見つめた。


「ありがとう。これちょっと借りていいか?」

「もちろん。こういう時のための動画なんだからな」


 俺はカメラを持って、橋本のところへ行った。


 動画から分かったことは主にこの二つ。

 ボールを打つ時に体がぶれてしまっていることと、打つ瞬間に視線がボールに合っていないこと。

 それに加えて、実際に見ていて気付いた、力が入り過ぎていることを伝えた。


「分かりました。次はそれを意識してみます!」


 これらを意識した結果、打つ時のフォームがおかしくなって、また空振りした。


 あぁ、なるほど。これは確かに運動音痴だ……。


「全部一気に直そうとせずに、一つずつゆっくりと直していこうか」

 

 この日は結局、最後まで橋本につきっきりになった。


***


「へぇ~、そんな子がいたんだ」


 家に帰ってから、俺は夢乃と電話をしていて、橋本のことを話した。

 夢乃とこうして夜に電話をすることは多くはないけれど(俺たち二人とも夜に電話するより翌朝早くから直接会って話した方が楽しいと考えているから)、たまに電話をしている。

 電話をするのは、あまり話せなかった日にどちらともなくっていうパターンが多い。あと、夢乃のバイトがあった日に、「疲れた~」と言って夢乃からかけてくる ことも多い。ちなみに今日は前者だ。


「でも、確かにうちにも似たような状態の子いるな~。私は直接教えたことないけど、みんな教えるのに苦戦してる。なんかその子は高校までずっと吹奏楽部で、運動経験があまりないみたい」

「それで音楽系のサークルに入らずに運動系のサークルに入るって、ちょっと変わってるね」

「一応うちの音楽系のサークルで興味あったのに顔出したらしいんだけど、どこもあまり合わなさそうに感じたみたい。でも何かしらサークルには入りたいって思って、それで思い切って入ったんだって」

「なるほどね。確かに大学ってサークルに入らないとあまり交友関係広げられないからなぁ」


 大学で友達や恋人を作る場と言ったらやっぱりメインはサークルになってくる。一応同じ学部でもできなくはないけど、サークルと比べると圧倒的に出会いが少ない。俺と夢乃みたいなケースはレアだと思う。


「ねぇ、さっき言ってた子は高校までどんな部活に入ってたの?」

「あ~、聞いたことないな」

「次サークルで会った時に聞いてみたら? もしかしたらこれまでの競技歴から何か教える時に参考になる情報が手に入るかもしれないよ」

「そうだね。今度聞いてみるよ。ありがとう!」

「どういたしまして。でも、いくら世話の焼ける可愛い後輩だからって、心なびかせたりしないでよね。その……悠斗の彼女は私なんだから」


 やばい、嫉妬してる夢乃めっちゃ可愛い。普段こんな姿見せないから、ギャップに萌えてしまう。

 あぁもう! 電話越しなのがもどかしい。電話越しじゃなかったら思いっきり抱きしめて、キスもできたのに。


「大丈夫だよ。俺が好きなのは夢乃だけだから」

「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいな」


 電話越しという中途半端な状況のせいで、愛おしさや嬉しさのやり場がないのが困る。そして、夢乃が目の前にいないおかげで変に冷静になってしまい、すごく恥ずかしい。


「ゆ、悠斗。今日はこのへんで切り上げよ」


 夢乃も同じようなことを考えたのか、どこか様子がおかしい。


「う、うん。そうだね。じゃあ、おやすみ」

「おやすみ…………大好きだよ、悠斗」


 電話が切れた。


 決めた。明日夢乃に会った時、思いっきり抱きしめよう。

 

 しばらくの間、さっきの夢乃の様子と言葉が頭から離れず、俺はベッドの上で悶えていた。

 

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