中編

 (これは最初に投稿した時の前編の後半部分と同じ内容です)

 

 昨夜、俺たちは三人で何軒か居酒屋を回って飲んでいた。そして、あれは最後に立ち寄った居酒屋でのことだった。


「改めて、乾杯!」

『乾杯!』


 宗太が乾杯の音頭を取って乾杯し、それから生ビールをぐびっと飲んだ。


「いやぁ~、やっぱビールはうめぇわ!」

「宗太それ店変わる度に言ってるよな。どれもそんなに味変わってなくない?」

「いやいや、悠斗が気づいてないだけで店ごとに多少は変わってるって。俺は悠斗と違ってそれが分かったから、店に敬意を表して言っているのさ」


 宗太が得意気に言った。言い方といい態度といい、なんかむかつくなぁ。

 すると、何やらメニューを眺めていた亮介が言った。


「いや、悠斗の味覚は間違ってない。宗太、残念だがこれまでに出て来たビールはすべて同じメーカーのやつだ。だから、味は全く同じだぞ」

「なっ!」


 そう言われてみると、確かにこれまでに出て来たジョッキはちょっとした違いはあってもマークは同じだった気がする。


「俺分かってますよ~、って感じでかっこつけた結果がこれとかイタいね~」

「はは、宗太少し顔が赤いぞ」

「う、うるさい! 顔が赤いのは酔ってるからだ!」


 その時だった。ある一組の男女の会話が聞こえてきた。女はかなり酔っているようで、猫撫で声で言った。


「ねぇこうくん。私眠くなってきちゃった」

「そっか。じゃあ行こっか。でも、めちゃくちゃ気持ちよくやってやるから、きっとすぐには寝れねぇぞ」

「えへへ、やったー!」


 そして彼らは席を立ち、会計に向かった。


 この二人はこれからどこかで事をいたすんだなぁ。

 この会話がこう思うか、あるいは気にも留めなかっただろう。だが、今回は違った。

 その女の声が、猫撫で声とはいえあまりにも知り合いの声に似過ぎていた。そして、宗太と亮介――特に宗太――も同じことを思ったようだった。


「なぁ、今の女の人の声、坂下に似てなかったか?」

「ああ、似てた」

「俺もそう思ったけど、まさか奈緒な訳……」


 坂下奈緒は、俺らの高校の時の同級生であり、西城大学経済学部に通っている。そして何より宗太の彼女だ。宗太と坂下は高2の頃から付き合い始めて、宗太から話を聞いている限りでは今でも仲良しカップルのように思えたから、坂下が浮気してるとは考えにくかった。

 

 とはいえ、気になって仕方なかったので、三人揃って恐る恐るその二人組の方を見た。彼らはちょうど会計を済ますところで、女の横顔が見えた。


 坂下奈緒だった。


「マジかよ……って、ちょっと待てよ!」


 俺と亮介が絶句していると、宗太が立ち上がって店を出た彼らの下へ駆け出した。俺が引き留めようとしたが、間に合わなかった。


「悠斗、行こう」


 慌てて俺と亮介は宗太の後を追った。


「あの、お客さん! 支払いがまだですけど!」

「必ず戻ってきて支払います!」


 店を出ると、宗太が男に掴みかかっていた。


「お前ふざけんなよ!!」

「あぁ! 何だよお前」


 二人で軽く取っ組み合いになった。


「一回落ち着けって!」


 俺と亮介の二人がかりで二人を引き離した。男の方はガタイが良くて力があり、宗太も全力で掴みかかっていたから、引き離すのは大変だった。

 一旦引き離したが、二人は大声で言い合い出した。


「お前俺の彼女をNTRうとしてんじゃねぇよ!!」

「は⁈ お前まだ奈緒の彼氏のつもりでいるのか? アホなんじゃねぇの?」

「は⁈ お前こそ何言ってんだ? 俺は奈緒の彼氏だ! お前奈緒を無理やり酔わせて何しようとしてくれてんだよ!」


 俺たちは二人がまた取っ組み合いにならないようにするのに精一杯で、この言い合いを止められず、逃げるようにして去っていく人や集まってきた野次馬で辺りは騒然としていた。

 

 このままでは警察を呼ばれるかもしれない。


 そう思った時、坂下が二人に負けないくらいの声で叫んだ。


「二人とももうやめて!」


 一瞬にして辺りが静まった。そして、坂下は冷たく、尖った声で宗太に言った。


「こうくんとは3か月くらい前から付き合ってて、こうくんの方がイケメンだし体つきいいから本命で、それでも宗太と別れずにいたのは別れを切り出すのがめんどくさかったからってだけ。だから、私のことはもう諦めて」


 これを聞いて宗太は話を飲み込めない、というより受け入れたくないといった様子で、「嘘だ」などと小声でぶつぶつ呟くのみの状態になってしまった。


「こうくん、早く行こっ!」


 坂下は男の腕に抱きつき、立ち去ろうとした。


「おい坂下! 本気で言ってるのか? これがどれだけ宗太を傷つけるのか分かってるのか?」


 立ち去ろうとした坂下に、滅多に怒らない亮介が本気で怒った様子で言った。


「そんなのどうでもいい」


 坂下は振り返ることなく再び尖った声で言うと、そのまま立ち去っていった。


 その後、俺と亮介は魂が抜けてしまったかのような状態の宗太を連れて居酒屋に戻り、代金を支払ってお開きとした。

 お開きと言っても、さすがに宗太を一人にするのは心配だったので、この日は二人ともうちに泊まった。

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