贈り言葉は隠して
「お疲れ様でした」
「おつかれ〜」
「またな」
裏門から下校する吉田と別れて、俺達は正門に向かった。
あの後、あー名前教えてもらえないとかつまんないわー、とどこか諦めたような声を上げているのに少し口角の上がっている吉田を横目に、みんなで戸締りや片付けをして部室を出た。
校庭の端を小田と2人で歩く。
「今日は恋バナで盛り上がったねぇ」
「それな、吉田があそこまで食いつくとは思わなかった」
「ほんと! ちょっと参ったよね」
何が、とは言わないが。
「そういえば隼也君はどこの大学行くかとか、はっきり決めてるの?」
「県内トップのところ」
「あー……なんかそんなことも言ってたねぇ、学力足りるの?」
いたいところを突かれて俺は唸った。
「うーん……今のところは多分大丈夫だとは思うけど……なんとも言えないんだよな。この前の模試も若干落ちてたから……」
「あと1年あるし、大丈夫と思うなら頑張れば大丈夫でしょ」
「うん、そうだな、頑張る。……小田は? パティシエの学校にでも行くの?」
ううん、とセミロングの髪をふわりと揺らして首を振る。一瞬甘い香りが鼻をくすぐった。
「お菓子作りは趣味の域。プロになれると思えるくらい実力もないし、オリジナルレシピなんて絶対思いつけないから……どちらかというと、子供の世話をするような仕事に就きたい」
少し照れたように笑って、俺の顔を見た。
「私ね、保育士になりたいの」
「へえ、そうなんだ。俺は将来の夢とかはっきり決まってないしなぁ……今のところは学校の先生かな、ってざっくりした感じ」
暗くてうっすらとしか雲が見えない空を見上げながら、漠然とした自分の考えを言ってみた。最近思い始めたばかりだから誰にも言ったことはないけれど、小田はいいんじゃない? と言った。
「数学とか理科の先生似合いそう」
「まじ? 得意は英語なんだけどなー? なってみよっかな」
「やってみたらいいよ。案外性に合うかもよ」
「1日ずっと白衣着てたり、でかいコンパスとか三角定規持ってるのかっこいいしな」
「そこかい!」
なんだかおかしくなって、2人で一緒に笑った。
2人で話しているうちに、いつの間にか正門のところまで来てしまっていた。
俺は右に、小田は左へ帰る。
ここでお別れだ。
「ねぇ」
また明日、と言おうとする前に小田が言った。
「何?」
「手、出して」
右手を出すと、カーディガンのポケットからがさりと音を立てて、小さなものをいくつか手渡された。
見ると、3つの飴が乗っていた。りんごとぶどうとレモン。どれも俺の好きな味だ。
「クッキーのおまけ。隼也君だけ特別」
にこにこしながら言われて、ちょっと嬉しくなった。
「ありがとう」
「……ねぇ、意味知ってる?」
「え?」
「あ、知らないならいいや。大丈夫」
ふるふると首を振る小田に、俺は少し首を傾げたが、気にしないことにした。
「そう? ……頬も赤いし、あったかくして帰れよ」
「うん、ありがと……う」
思わず左手を伸ばし、手の甲で小田の頬に触れた。すごく冷たくもないし、逆に熱すぎるわけでもない。でも冷たい空気の中歩いていたにしては、ちょっと違和を感じる温かさだった。まあ、冷えてないならいいか。
「じゃあまた明日」
「うん、また明日ね」
そして、それぞれ逆方向に歩き出した。
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