第20話

 僕は黒崎さんが『マジックアロー』で天井のランプを壊していた時に、部屋が暗くなっていることに気付いた。

 それは当たり前の話なんだけど、部屋の壁が真っ暗になっているのに目を付けた。


 目配せでトムに、壁に張り付いてよじ登るように命じていたんだ。

 トムは家ではレーザーポインターを追っかけるために、壁を走り回ることがある。


 いちども床に着地することなく縦横無尽に走り続けられるほどに、壁登りは得意なんだ。


 そしてうまいことに、『ブラックパンサー』になったトムは身体が真っ黒。

 真っ暗な壁にくっつけば、保護色でそこにいるのかどうかすらも、全然わからなくなる。


 あとは忍び足で、イビルバードのすぐ後ろの壁に待機させれば、待ち伏せ完了。

 僕はイビルバードが油断するのをひたすらに待ったんだ。


 そしてその時が、ついにやって来たっ……!


「いけっ、トム! イビルバードに食らいつけぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!!」


「フニャァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 イビルバードは、背後から迫り来る『ちびっこパンサー』に気付いた途端、首を絞められるニワトリみたいに驚いていた。

 なんとか飛び逃げようとしていたけど、もう遅い。


 トムに牙と爪でガッシリと抱きつかれ、イビルバードは空中でもつれ合うようにして落ちていく。

 トムが地面に叩きつけられないか心配だったけど、トムはモズ落としのように空中で上になり、逆にイビルバードのほうを地面に叩きつけていた。


 ……ドシャッ!!


 そのまま煙幕のなかでケンカするみたいに、さらに激しく揉み合いはじめる。


「ギャフベロハギャベバブジョババ!!」


 鳴き声とも悲鳴ともつかぬ叫喚が、2匹のあいだで巻き起こる。

 上になったり下になったり、右に行ったり左にいったりてんやわんや。


 しかしさすがボスだけあって、イビルバードのほうがじょじょに優勢になりつつある。

 その様子を見ていた黒崎さんは、ずっとハラハラしっぱなしのようだった。


「ああっ、トムくんが押されてる!? このままじゃまた、空に飛んで逃げられちゃうかも……!?」


 そしてよりによって、最悪の事態が重なる。


「ブモォォォォ……!」


 てっきり倒したと思ったミニタウロスが、むっくりと起き上がってきたんだ……!


 首が変な方向に曲がっていて、まさにゾンビのような見た目になっている。

 身体のあちこちから鼻息のように血を吹き出しなら、土蹴りをしていた。


「ええっ!? ミニタウロスがまだ生きてたなんて!?

 ど……どうしよう、塚見くん!?」


 最大級のピンチの到来に、お尻に火がついたウサギみたいにぴょんぴょん跳びはねる黒崎さん。

 しかしもう、僕は慌てたりはしなかった。


「それじゃ……。

 いこうか、黒崎さん!」


 すると僕の言葉の意味をすぐに理解したのか、黒崎さんは瞳孔をカッと開き、「うん!」と頷き返してくれる。

 僕はついに、あの●●カードを切った。


「……いでよっ! 僕の……最高のエースカードっ! 『魔女っ子マコ』っ!!」


 ……シュバァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!


 まばゆい光で薄暗い室内が純白に満たされ、あたりの炎をかき消すほどの衝撃波が生まれる。

 キラキラとした星屑をまといながら、ゆっくりと空から降りてきたのは……。


 魔女っ子になった、黒崎さん……!


『えっ……ええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?』


 度肝を抜かれて放り投げられたような声が、店内ばかりかボスフロアまでもを震撼させた。


『えっ、えっえっえっ!? うそっ、うそぉーーーーっ!?』


『あの女の子、「カード」だったのぉーーーーーーーっ!?』


『し、信じらんない! カードマスターのカードになりたがる女の子がいただなんて!?

 それも、あんなにかわいい子が……!』


『でも見て! あの装備、すっごく可愛くない!?』


『うん! なんか本物の魔法少女みたい!』


『がっ……がんばれぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!!

 「魔女っ子マコ」ぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーっ!!』


 そして自然と巻き起こる、『マコ』コール。

 リア充たちはひとつになって、黒崎さんに声援を送っていた。


 さすがは黒崎さん!

 アイドルという地位を隠していても、人を惹きつけるだけのカリスマを持っているんだ!


 それに……やっぱりフィニッシュは、彼女じゃなくちゃしまらないよね!


 僕は大きく手を振り上げ、マコに向かって命じる。


「いけっ、マコ! 2匹とも、ブッ飛ばしてやれぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


「はいっ、マスターっ!

 我が力よ、光の矢となりて、悪を貫け……!」


 そして、翼が広がる。

 イビルバードのような、他人を貶めるために使われる、絶望あふれる汚い翼じゃなくて……。


 自分を助け、誰かを助け、みんなの未来を切り拓くような、希望に満ちた美しい翼っ……!


「マジカルぅぅぅ、アロぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 翼は光の洪水となって、2匹の魔物に降り注ぐ。


 トムは着弾の寸前にイビルバードの身体から離れる。

 残されたイビルバードは無数の矢によって貫かれ、解釈の間違ったヤキトリみたい滅多刺しになった。


「キェェェェェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」


 ミニタウロスは僕らめがけて突進を開始していたけど、押し寄せる矢にのみこまれ、あっさりと光の藻屑と化す。


「ブモォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」


 ……ぶしゅぅぅぅぅぅーーーーーーーーっ!!


 ボスモンスターは、2匹同時に霧散した。


「か……勝っ……た……」


 僕は、張りつめていた緊張の糸がプッツリ切れ、ブッ倒れそうになる。

 でも、あたたかい光に受け止められた。


 こんなに輝いているのは、僕の知るなかではひとりしかいない。

 僕は、息も絶え絶えに礼を言う。


「あ……ありがとう、黒崎さん……。

 でも、僕から離れたほうがいいよ、でないと、血が付いちゃうから……」


「なにを言っているの!? こんな時に、私の心配なんかしないで!」


 僕を抱きとめる黒崎さんは泣いていた。

 彼女はあんがい、泣き虫なのかなぁと思ってしまう。


 そして僕の頭は朦朧としていて、もう、言葉を選ぶことすらできなくなっていた。

 頭に浮かんだことを、うわごとのようにそのまま口にする。


「こ……こんな時に、って……。僕は、いつでも黒崎さんのことを心配してるんだよ……」


「えっ?」


「黒崎さんとパーティを組むようになって、僕はずっとキミのことをだけを考えてた……。

 キミの笑顔を、ずっと見ていたいって……そのためなら僕は、なんでもしようって思ってた……」


「つ、塚見、くん……」


「僕はいくら酷い目にあっても、ぜんぜん平気さ。だって、それが当たり前なんだから……。

 でもキミがミニタウロスに殴られたとき、初めて僕は『怒り』ってやつを感じたんだ……。

 キミを傷付けるヤツは心底許せない、って思ったんだ……。だから……」


 僕はこのあとすぐに意識を失ったので、このとき自分がなにを言っていたのか、後々になっても思い出せずにいた。

 でも最後に言った言葉は、僕たちが高校を卒業したあとも、大学を卒業したあとも、そのあともずっとマコに言われ続けている。



「僕が、キミを守るよ……。一生、ずっと……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「お願い、私を召喚して…」学園一の美少女が、僕のカードになりたいと言いだした件 不遇職でぼっちだった僕が、アイドルと恋人繋ぎにカップルストロー、そしてまさかのペアリングをするようになるまで 佐藤謙羊 @Humble_Sheep

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ