第19話

 僕はミニタウロスに串刺しにされる寸前にツノを掴み取り、ヤツの突進を身体ごと受け止めた。

 グググッと指に力を込めると、腕の筋肉がボコンと膨れ上がる。


 ……ズザザザザザザザザァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!


 しかし勢いを殺しきれず、押されて後ろに滑ってしまう。

 でも僕はラグビーのスクラムのように身体を前に倒し、足をつっかえ棒にするみたいに踏ん張ってブレーキをかけた。


 『と、止めやがった……!?』と誰かが言った。


『す、すげえ! アイツ、ミニタウロスの突進を止めやがったぞ!?』


『下手な盾役タンクだと吹っ飛ばされるほどに威力があるってのに、それを素手で!?』


 ミニタウロスの肩にいるイビルバードがギャアギャアと鳴き喚きながら、僕の頭をガツガツ突いてきた。

 額からじんわりと熱いものを感じたので、きっと血が出ているのだろう。


 今の僕には出血なんて怖くない。このくらい、好きなだけくれてやる。


 ミニタウロスは蒸気みたいにプシュープシューと鼻息を吹き出しながら、力を込めるクワガタのようにブルブル震えている。

 僕にはもはやヤツが昆虫にしか見えなくなっていた。


 いいや、昆虫なんていいもんじゃない。


「お前は……黒崎さんを傷付ける、害虫だっ……!!」


 ミニタウロスと力比べをしながら、血まみれの顔で睨みつけてやると、ヤツはビクッと震えた。


『見ろ! ミニタウロスの様子がおかしいぞ!?』


『さっきまであんなに怒ってたのに、すっかりビビっちまってるようだ!』


『あの男の子の迫力に、きっと驚いちゃったのね!』


 ミニタウロスは逃げだそうとしているのか、僕に掴まれたツノを、踏ん張って引き抜こうとしている。

 しかしもう、逃がさない。


 いちど捕まえた害虫を、逃がす人間がいないように。


 僕は腕にありったけの力を込めて、腰を回転させる。

 ワイシャツの袖が弾け、剥き出しの筋肉が露わになった。


「害虫は、駆除してやるぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 裂帛の気合いとともに、ミニタウロスのツノを捻りながら後ろに投げ飛ばした。


 レベル50になった時に覚えた、『グラップラー』のスキル『ホーンスルー』。

 その名の通り、ツノを掴んで投げを仕掛ける大技だ。


 ……ゴシャァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!


 なにかが砕け、へし折れるような音が響き渡る。


「ブモォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」


 ミニタウロスは悪夢でも見ているかのような悲鳴をあげ、宙をきりもみしながら舞う。

 そのまま受け身も取れずに地面に叩きつけられ、何度もバウンドしながら地面を転がっていった。


 よく見ると、ツノが2本とも折れている。

 僕の両手には、そのツノがしっかりと握られていた。


「つ……塚見くんっ! あぶないっ!」


 ふと、黒崎さんの悲鳴が耳に飛び込んでくる。


 ……ガツンッ!!


 直後、顔面に岩のような衝撃を感じ、僕は12ラウンドを戦ったヘロヘロのボクサーが、トドメのフックを食らったみたいに吹っ飛んでいた。


 何度目かのダウンを喫しながら、僕は見た。

 イビルバードが翼をバサバサさせ、笑いながらホバリングする姿を。


 そうか、アイツがまだ残ってたんだった……!


 僕の力はすでにカラッポだったけど、底のほうにある残りカスを振り絞って立ち上がる。


「く……黒崎くぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」


 黒崎さんが泣きそうな声で駆けよってきて、僕を支えようとしてくれた。

 僕は手のひらでそれを遮り、肩で息をしながら彼女に言った。


「黒崎さん、僕のことはいいから、アイツを『マジックアロー』で撃墜して!」


「で、でも……! ううっ……! わ……わかった!」


 黒崎さんは逡巡した様子だったが、すぐに魔術の発動体勢に入る。


「……我が力よ、光の矢となりて、悪を貫け……」


 きっとイビルバードが詠唱の邪魔してくるだろうと思い、僕は身構える。

 ヤツが突っ込んできたら、身体ずくでも止めるつもりでいた。


 しかしイビルバードは鷹揚に翼を広げ、上空に輪をかいている。

 その間に、『マジックアロー』の詠唱が完了。


「……アローッ!!」


 5本もの光の矢がイビルバードめがけて襲いかかる。

 『マジックアロー』は誘導性もあるので、これで決まった、と僕は思う。


 しかしイビルバードは「シシシ」と余裕の笑みでジグザグ飛行をし、矢をすべてかわしきってみせた。


「うそっ!? 全部よけちゃうだなんて!?」


 黒崎さんは信じられない様子で『マジックアロー』を放ち続けるが、ヤツにはカスリもしない。

 イビルバードの羽根が舞い散る室内に、店内のリア充たちの声援が飛び交う。


『がんばれ! がんばれーっ!』


『あたれっ、あたれーっ!』


『くそっ、あとちょっとで当たりそうなのに! なんてすばしっこいヤツだな!』


『そうだ、天井の明かりを撃って、部屋を暗くするのよ!

 イビルバードは鳥目だから、暗いところだと視界が効かなくなるの!

 視界を奪ってやれば、マジックアローも避けられなくなるはずだわ!』


 ある女性のアドバイスを受け、黒崎さんは『マジックアロー』の狙いを天井に変更。

 目のように埋め込まれているランプを、魔法の矢で次々と撃ち壊していく。


 ランプがひとつ破壊されるたびに、階調が落ちるように室内が少しずつ暗くなっていく。

 もともとランプのない壁際のほうは、すっかり真っ暗闇になっていた。


 イビルバードは「このままじゃヤバい!?」と焦っていたが、「なーんてね」とおどけてみせたあと、


「キェェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 怪鳥のようなおたけびとともに、口から炎を吐き出す。

 それは僕らの少し離れたところに着弾すると、あっという間に燃え広がって炎の輪で、僕らを囲んでしまった。


『あっ!? あれは、イビルバードの必殺スキル「グラスファイヤー」!?』


『直撃させずに炎の輪で囲んで、じわじわと焼き殺すんだ!』


『しまった! あれじゃ、いくら部屋が暗くなっても、ふたりの姿は丸見えのままよ!』


『それどころか、このままじゃふたりは丸焼けになっちまうよ!』


『ああっ、せっかくミニタウロスを倒したのに……!

 あれじゃあもう、手も足も出ないじゃない!』


『くそっ! あと少し、あと少しだったのにぃ~~~~っ!!』


 店内のリア充たちの悔しそうな声が響きわたる。


 迫り来る炎の壁。

 僕らはもう、万事休すだった。


「ど……どうしよう、黒崎くんっ……!?」


 詠唱でヘトヘトになった塚見さんが、今にも泣きそうな顔で、僕に寄り添ってくる。

 僕の顔はたぶんボロボロだったろうけど、精一杯の笑顔を作った。


「大丈夫、なんとかなるよ。だって、ここまでやって来られたんだから」


「なんとかなるって……もう、どうしようもないんだよ!?」


 僕はなんとなくおかしくて、つい本気で笑ってしまった。


「ふふっ、いつもと逆だね」


「逆って?」


「何かあると、いつもは僕がオロオロしてて、黒崎さんはへっちゃらでいるのに……。

 いまは僕がへっちゃらで、黒崎さんがオロオロしてる……」


 すると、涙の浮かびかけた瞳を、ぱちぱちさせる黒崎さん。


「そういえば今の塚見くん、すっごく落ち着いてる……。

 なんで? どうして? もう、私たちにはできることなんて、なにもはいはずなのに……」


「そうだね。僕たち●●●はもう、袋のネズミ状態だ。

 でもそれは、イビルバードも同じなんだよ」


「えっ、それってどういうこと?」


「ネズミのことが大好き、いや、大嫌いな動物ってなーんだ?」


「ええっ、それは……」


 僕の余裕の意味を理解したのか、黒崎さんはハッと息を呑む。

 「そういえば……!」とあちこちを見回していた。


 黒崎さんがキョロキョロと挙動不審になったので、上空のイビルバードは「悪あがきを始めやがったか」とばかりのニヤニヤ顔になる。

 その場でホバリングを始め、じっくりと高みの見物を決め込みはじめた。


 僕はこの時を、待っていたんだ……!

 ヤツが完全に油断して、飛行をやめて空中に留まる瞬間を……!


 僕は、待ってましたとばかりに叫んだ。


「いけっ、トム! イビルバードに食らいつけぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!!」


 直後、イビルバードの背後にある、暗闇の壁に……。

 ふたつの金色の光が、ギラリと輝いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る