第18話

 僕たちはついに、開けた部屋に出た。

 障害物などはなにもなく、まさにガチンコバトルが展開しそうな室内。


 向かい側には鉄格子の扉があり、奥の暗闇には、よっつの目が光っていた。

 やはりボスはコンビか、と思った途端、


 ……ガシャァァァァァーーーーーーーーーーーーーンッ!!


 僕たちが部屋に入ってきた通路に、鉄格子が降りた。

 「しまった!?」と振り返る前もなく、正面の鉄格子が開き、


「ブモォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 猛牛のようないななきとともに、ボスが飛び出してくる。

 そのまま前かがみになって突進してきたので、僕は黒崎さんに飛びついた。


「あぶないっ!」


 ギラリと光るツノの一撃を、横っ飛びしてかわす。

 「きゃあっ!?」と床に倒れ込む黒崎さんと僕。


「ごめん、黒崎さん、大丈夫!?」


「ううん、気にしないで! 助けてくれてありがとう!」


 僕はヘッドスプリングで素早く起き上がり、黒崎さんを助け起こす。

 ボスは勢いあまって壁際まで走り込んでいた。


 そのまま激突するかと思ったが、直前で振り返りつつ、ずざざざーっ! と滑って停止する。

 『おおーっ!?』と歓声が沸き起こった。


『あれは……ミニタウロスじゃないか!?』


『しかも肩に止まってるのは、イビルバードっ!?』


 『ミニタウロス』はその名の通り、牛の化け物である『ミノタウロス』の小型版。

 といってもぜんぜん小さくなくて、背の高さは2メートル以上ある。


 ボディビルダーみたいなムキムキの身体に牛の顔が乗っており、その上には片手剣くらいの大きさのツノが生えている。


 その肩に器用に乗っていたのは、『イビルバード』。

 邪悪なハゲタカのような見た目の鳥モンスターで、カートゥーンアニメの登場人物みたいに、「シシシ」と笑っている。


 どちらもプロの冒険者パーティでないと倒せないほどの強敵。

 僕みたいな底辺学生冒険者では、教科書でしか目にしたことがなく、ほとんど空想上の生き物に等しかった。


 そんな強豪2匹と、戦わなくちゃならないんだなんて……!


 『うぇーっ!』と嫌そうな声が響きわたる。


『ミニタウロスとイビルバードを倒すなんて、俺たち大学生でも不可能だ!』


『私たち社会人冒険者にだって無理よっ!』


『高校生なんて、なぶり殺しにされるぞっ!』


『逃げて! 逃げてぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!』


 幸い、ボスが現れたほうの鉄格子は開きっぱなし。

 あそこに逃げ込めば、ボスとは戦わなくてすむはずだ。


「に……逃げよう、黒崎さん!」


「ううん、私、逃げるなんて絶対イヤ!」


「ええっ!? まわりのみんなが言ってるじゃないか! 逃げろって!

 高校生の僕たちには、絶対に勝てる相手じゃないって!」


「みんなが言ってるからなんだっていうの!? 

 できるかできないかを決めるのは、まわりの人たちじゃないんだよ!?

 どいて、塚見くん! わたし、ひとりでも戦うっ!」


 黒崎さんを置いてひとりで逃げるだなんて、僕にとってはふたりで戦う以上にありえない選択肢だった。

 僕はその、ありえない選択肢のひとつを叫ぶ。


「そ、そんなムチャなっ!? わ、わかった! それじゃ、僕がオトリになる!

 僕があの2匹を引き寄せるから、黒崎さんはそのスキに攻撃魔法を撃ち込んで!」


 こうなったら、やぶれかぶれだ……!


 僕は土蹴りを繰り返し、突進の力を溜めているミニタウロスに向かって走る。

 そして『グラップラー』のスキルである『挑発』を発動。


「こっちだ、ミニタウロス! 僕と1対1で勝負しろっ!

 それともお前は、か弱い女の子としか戦えない臆病者なのかっ!?」


 すると黒崎さんへのターゲットが僕に移る。

 「ブモオッ!」といなないて、僕に殺人タックルを放つ。


 僕は横っ飛びでそれをかわしながら叫んだ。


「いまだっ! 黒崎さんっ!」


 黒崎さんは『マジックアロー』の詠唱に入っていた。

 しかしミニタウロスの肩にいたイビルバードがそれにすかさず反応。


「キエェェェェェェェーーーーーーーーーーッ!!」


 翼を広げて飛び立ち、一瞬にして黒崎さんに襲いかかる。


「我が力よ、光の矢となりて……きゃああっ!?」


 黒崎さんは鋭いくちばしで突かれまくり、たまらず頭を押えてしゃがみこむ。

 「黒崎さんっ!?」と手を伸ばす僕の側面を、


 ……ズドォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!


 まるで軽トラックが突っ込んできたみたいな衝撃が襲う。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 黒崎さんに気を取られた隙に、ミニタウロスのショルダータックルをまともに受けてしまった。

 僕は身体を弓のように曲げながら吹っ飛ばされ、地面を転がる。


「つ……塚見くぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」


 飛びそうな意識を繋ぎ止めてくれたのは、黒崎さんの悲鳴。

 そうだ、僕が気絶してしまったら、誰が彼女を守るんだ。


 僕はとても起き上がれる状態ではなかったが、倒れたままだとミニタウロスのターゲットが彼女に行ってしまう。

 全身がバラバラになりそうだったけど、気合いと根性で立ち上がった。


「お……お前の体当たりは、そんなもんかよっ……!

 蚊に刺されたほどにも感じなかったぜ……!」


 見ると、ミニタウロスの肩にはイビルバードが戻っていた。

 モンスターながらも僕を強がりを見抜いているのか、「シシシ」と笑っている。


 しかしミニタウロスには僕の『挑発』がさらに入ったのか、目を血走らせ、鼻息をさらに荒くしていた。


 よしっ、黒崎さんにターゲットが向かなければ、いくらでも相手をしてやるっ……!


「さあこいっ! ミニタウロス! お前のヘナチョコ体当たりなんか、怖くないぞっ!」


 しかし僕にはもう避けられるだけの力は残っていない。

 次のショルダータックルは、正面でマトモに受けてしまった。


 それでも僕は立ち上がる。

 身体が言うことをきかなくても、心にムチ打つようにして。


 何発目かの体当たりを受けたところで、視界が赤く染まってきた。

 もう顔はとっくの昔に腫れ上がっていて、目もロクに開けられないというのに。


 キーンとした耳鳴りが止まない。

 遠くのほうにかすかに「もうやめて! もうやめてぇぇぇ!!」と黒崎さんの泣き叫ぶ声がしている。


 僕の喉は焼け付くように熱い。

 だって、ずっと同じことを叫んでいたから、


「に……逃げろ、黒崎さん……! 黒崎さんだけでも、逃げてっ……!」


 しかしこの言葉が届いているかどうかは、もうわからない。

 彼女は必死なって呪文で援護しようとして、そのたびにイビルバードの攻撃で止められていた。


 そして僕は、信じられない光景を目撃する。


「こっ……このぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 魔術を使えないと悟った黒崎さんは、魔術師の杖を振りかざし、ミニタウロスに殴りかかっていったんだ……!


 しかしその一撃は、ミニタウロスの裏拳で軽く弾かれていた。

 バチンとビンタされたような音がして、「きゃあっ!?」とその場にしりもちをつく黒崎さん。


 彼女の頬が、ほんのり赤くなっていたのを目にした瞬間、



 ……ドクンッ!



 僕の心の奥底で眠っていた感情が、マグマのようにわき上がってくるのを感じる。

 僕は無意識のうちに、口から火を吐き出さんばかりに吠えていた。


「黒崎さんを、傷付けたな……!? 許さねぇ……!

 絶対に、許さねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


「ブモォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 しゃらくせぇ! とばかりに僕めがけて突進してくるミニタウロス。

 今までのショルダータックルと違い、ツノを向けた本気の体当たりだ。


 僕はもう立っているのもやっとで、片腕すら上げる力も残っていないはずだった。

 あとはあのツノに串刺しにされて、店の外にある『失敗出口』に強制転送されるはずだった。


 しかし、不思議と怖くはなかった。

 自分でも信じられないくらいの大きな力が、自分を突き動かしているのを感じていた。


 僕は迫ってくるミニタウロスの角めがけ、バッと両手をかざす。

 そして、その切っ先を……!


 ……ガシィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!


 驚愕が、どこからともなく響く。


『つっ、掴んだぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?』

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