第16話

 僕はいきなりのレベルアップを果たす。

 どうやら、飲んだ経験値ポーションの効果が発揮されたようだ。


 レベルアップの文字が現れたとたん、黒崎さんは誰よりも喜んでくれた。


「うわあーっ! 塚見くん、レベルアップおめでとーっ! やったーっ! ぱちぱちぱちー!

 ほら、みんなも拍手拍手! ぱちぱちぱちーっ!」


 すると店内のリア充たちも手を叩いてくれ、僕は拍手の音に包まれる。

 僕は今までずっと単独ソロだったから、「おめでとう」なんて言ってもらったことがなかった。


 誕生日を祝ってもらってるみたいで、なんだか少し恥ずかしい。


「あ……ありがとう黒崎さん、ありがとう、みなさん」


「で、レベルはいくつになったの?」


「え……えっと……その……」


 黒崎さんに問われ、僕は口ごもる。

 教えるとガッカリされると思い、なんとか誤魔化そうとしたのだが、「わくわく」と顔に書いてありそうな彼女に負けて、つい言ってしまった。


「ご……50……」


 すると『ええ~っ』と呆れたような声が響く。


 無理もない。普通の職業ジョブの場合だと、年齢×レベル10が適正値とされる。

 レベル50なんて、いまどきの5歳児くらい。


 でもそれも無理もないんだ。

 さっきも言ったように僕はずっと単独ソロだったから弱いモンスターしか倒せなくて、経験値効率がすごく悪かったから。


 ちなみにだけど、黒崎さんのレベルは197。

 僕のほぼ4倍のこのレベルは、超高校生級といっていい。


 しかし彼女はそんなことをちっとも気にせず、我が事のようにはしゃいでいた。


「レベル50でここまで強いだなんて、やっぱり塚見くんは凄いよ!

 あっ、レベル50になったってことは、新しい職業ジョブスキルが増えてるってことだよね?

 ステータスを確認してみようよ!」


 僕らの新しい世界のルールでは、レベル10ごとにランダムで、職業にまつわるスキルがひとつ増えるようになっている。

 僕はステータスを他人に見せたことがなかったので少し抵抗があったけど、黒崎さんになら見られてもいいやと思い、空中にサインを描く


 すると、空中に長方形の窓のほうなものが浮かび上がってくる。

 これは『ステータスウインドウ』といって、その人の能力や、所持しているスキルや魔法が確認できるものなんだ。


 スキルのところを見ると、『グラップラー』のスキルがひとつ増えていた。

 そして『カードマスター』のところには、こんな文字が。


『「ハウスキャット・トム」が「進化」できるようになりました! 「進化」しますか?』


 『進化』とは、カードマスターの持っているカードの能力のひとつで、一定以上のレベルになると別の形態にパワーアップすることができるんだ。

 『進化』すると見た目が変わり、また能力も向上する。


 『進化』させない手はなにひとつないので、僕はウインドウにある『進化』の文字を指で触れた。

 すると黒崎さんが抱っこしていたトムの身体が、空中にさらわれるように浮かび上がり、


「うにゃーっ!?」


 とカードに戻った。

 ヒラヒラと舞い落ちてくるそれをキャッチしてみると、そこには……。


 『ブラックパンサー・トム』の文字が……!


 『おおっ』と歓声が起こる。


『おおっ、カードマスターのカードが進化するところ、初めて見た!』


『あの猫ちゃんが、黒豹になったっていうの?』


『すげえ! 黒豹ってメチャクチャ強いんじゃねぇの!?』


『ずっと見くびってたけど、カードマスターってもしかして、最強ジョブなんじゃ……!?


 たしかに黒豹を召喚できたら、とんでもない戦力になりそうだ。

 カードの絵柄のトムはいつもと変わらない猫の姿をしているが、これは召喚したら変わるのだろう。


 黒崎さんは輝く瞳で僕を見ていた。


「トムくんが黒豹に!? うわあ、それってすごくモフモフできそう!

 塚見くん、さっそく召喚してみてよ!」


 黒崎さんと店内のリア充たちの期待が高まるなか、僕は手にいれたばかりのカードを再び宙に放つ。

 これを決めればみんな僕を見直してくれるだろうと思い、いつもより気合いを入れてその名を呼んだ。


『よおしっ、出でよっ! そして、僕の力となれっ!

 ブラックパンサー・トムぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!』


 しゅばぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!


 拡大したカードの中から、閃光が勢いよく飛び出す。

 スポーツ用品メーカーのロゴマークのような、しなやかな身体つきのシルエット。


 間違いない、これは黒豹だ……!


 と確信したのも束の間、光のシルエットはしおしおとしぼむ。

 スタッと着地をして、現れたものは……。


 なんと、真っ黒けっけのトム……!?


 『どしゃあああっ!』とずっこける音が聴こえてくる。


『なんだよ、大きさがぜんぜん変わってねぇじゃねぇか!』


『あれじゃ黒豹どころか、ただの黒猫だ!』


『なーんだ、期待して損ちゃったわ!』


 みなが言うとおり、出てきたのはただ体毛が黒くなっただけのトムだった。

 黒崎さんもさぞやがっかりしてるだろうと思いきや、彼女はヘッドスライディングするほどの勢いでトムに滑り込んでいた。


「きゃあああーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?

 真っ黒なトムくん、かっこいいーーーーーーーーーーーーーーーっ!!

 金色のお目々に、くりくりでまんまるな瞳! ああん、かっこいいのにかわいいなんてーーーーっ!!

 もう最高っ! すっごくかっこかわいいよ、トムくぅーーーーーーーんっ!!」


 もう離さないとばかりに、ぎーゅっとトムを抱きしめている。


 ……僕の初めての『進化』は、ちょっと期待はずれだったけど……。

 黒崎さんが大喜びしてくれたから、それだけで僕は心の底から『やってよかった』と思った。


 ポーションのくだりからいろいろあったけど、僕たちはようやく探索を再開する。

 そして、ついにたどり着いたんだ。


『この先、ボスフロア』


 と看板が立てられた、最後の別れ道に……!

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