第15話

 『真の愛の宝箱』を抜けた先は、休憩所になっていた。


 木製の白い丸テーブルに、向かい合わせになるように椅子がふたつ。

 テーブルの上にはハートをかたどった瓶があって、中はピンク色の液体で満たされていた。


 黒崎さんはトムを抱っこし、ジェリーを頭に乗せたままその瓶のラベルを覗き込んだ。


「塚見くん、これ、経験値ポーションみたいだよ」


 『経験値ポーション』。

 飲めば経験値が増えるというお得なポーションだ。


 かなり高いポーションなので、僕はいちども飲んだことがない。

 ここにあるということは、飲んでもいいのか……?


 と思うより先に、黒崎さんはさっさとテーブルに着席し、僕を手招きしていた。


「せっかくだから飲んでみようよ、私、経験値ポーション飲んだことがないんだ」


 僕は「うん」と頷いて対面に座る。

 黒崎さんはポーションを開封し、そばにあったストローを2本差し込む。


 ひとつの飲み物に2本のストローを差すというシチュエーションを知らない僕は、脳がバグりかける。

 しばらく考えてようやく意味を理解したが、間違いかもしれないと思っておそるおそる尋ねてみた。


「も……もしかして、ふたりで飲むの?」


「うん。だってラベルに書いてあるよ。

 ふたりで同時に飲むと、獲得できる経験値量が2倍になるって。

 どうせなら、そのほうがいいでしょ?」


「そ……それはそうだけど……」


 いくら2倍だからって、僕なんかと同じポーションを飲んでもいいの?

 だってそれって、間接キ……。


 しかし黒崎さんは早々と前屈みになってストローを咥え、僕を上目遣いで見つめていた。

 視線で「早く飲もうよ」と急かしている。


 『ひゅーひゅー!』と空から甲高い声が降ってきた。


『もういっちゃえよ、ボク!』


『あの様子だと、あの子たちキスもまだみたいね!』


『あはは、初々しくてかわいいーっ!』


 さっき黒崎さんが叱ったのが効いたのか、もう僕の悪口を言う人はいなくなっていた。

 でも僕からすると、悪口を言われていたほうがよっぽど気が楽だったかもしれない。


 だってこんな風に囃し立てられるのって、生まれて初めてなんだから……!


 しかしためらっているヒマはもうない。

 黒崎さんはもう、ストローを咥えて待っているんだ。


 ここで止めさせたりしたら、彼女に恥をかかせてしまうことに……!


 僕は覚悟を決め、ギュッと目を閉じてストローに飛び込む。

 しかし目測を誤り、


 ……ゴチンッ!


 と黒崎さんに頭突きをしてしまった。

 ぷはっ、とストローを口から離し、額を押える黒崎さん。


「い、いったぁ~!」


「ご、ごめん! つい、緊張しちゃって!」


 『あはははははははっ!』と爆笑が僕たちを包むなか、僕はテーブルに手をついて、ぺこぺこ頭を下げる。

 僕は嫌われてしまったかと思ったが、黒崎さんは「しょうがないなぁ」と微笑んでくれた。


「そんなに力まなくても大丈夫だよ。

 そうだ、私をカードにしてくれた時みたいに、私のほうから近づいてみよっか。

 塚見くんが先にストローを咥えてて」


 「わ……わかった」と僕がストローに顔を近づけ、口にした途端、不意打ち気味に黒崎さんの顔が近づいてきた。

 僕はびっくりして飛び退きそうになったけど、懸命にこらえる。


 黒崎さんは僕の鼻先でストローを咥え、「ほら、こうすれば簡単でしょ?」とニッコリ笑う。

 彼女の桜の花びらのような唇が動き、ストローをピンクの液体がせりあがる。


 僕も慌ててストローを吸って飲みはじめたけど、ドキドキしっぱなしでポーションの味なんてわからなかった。

 前髪が触れ合うほど距離に女の子の顔があるだなんて、滅多にないこと。


 ポーションを飲んでいる間、黒崎さんはじーっと僕を見つめていたけど、僕は目を合わせすぎると石になってしまいそうだったので、右に左に視線をそらす。

 すると突然彼女が「ブフォッ!?」と吹き出した。


 ストローを口から離し、ゲホゲホとむせている。


「ど、どうしたの、黒崎さん!?」


「も、もう、やめてっ!」


「ええっ!?」


 とうとう嫌われたかと思ったが、彼女はおかしくてたまらないといった顔をしていた。


「目を左右に動かして、笑わせようとしたでしょう!?

 塚見くんのそんな顔を見たことがなかったから、つい吹き出しちゃった!」


「ご、ごめん! そんなつもりじゃなかったんだ!」


 僕は謝り、黒崎さんが落ち着いたところで再びポーションを飲む。

 今度は彼女を笑わせまいと、目をそらさずに見つめながら。


 すると黒崎さんは不意に、自分のほっぺたを引っ張ってびろ~んと伸ばし、変顔を作る。

 「ブフォッ!?」今度は僕が吹き出してしまった。


「げほっ! ごほっ! がはっ!」


「あははっ、これでおあいこだね!」


「も、もう……。黒崎さんにはかなわないな……」


 三度ストローを咥えてポーションを飲む。

 僕の緊張はすっかり消え去っていて、かわりにイタズラ心がムクムクと沸いてきていた。


 僕は『ひとりにらめっこ』で編み出した、とっておきの変顔を披露する。


「ブフォーーーーーーーーーーーーッ!?」


 ポーションの瓶から薬液を噴出するほどに、吹き出す黒崎さん。

 それからはもう、完全に笑わせあいになってしまう。


 最後のほうになると、黒崎さんは自分の変顔だけでなく、トムとジェリーの顔もムニッと変形させて僕に見せつけてきた。


「ブフォーーーーーーーーーーーーッ!? 3人がかりはずるいよっ!?

 ま、まいった! まいったから、もうやめてっ!」


「やったーっ! 私の勝ちーっ!」


 黒崎さんは瞳の端に涙を浮かべるくらいに笑っていた。


「ああっ、すっごくおかしい! こんなに楽しくて、こんなに笑ったの初めてかも!

 あはっ、あはははっ! あははははははははっ!」


 レアなポーションはそっちのけで、僕と黒崎さんはひたすらふざけあってしまった。

 ふたりで椅子から転げ落ちんばかりに大爆笑していると、唖然とした声が聴こえてくる。


『あんな風にしてポーションの飲むカップル、初めて見た……』


『カップルダンジョンのポーションは、店内にいる人たちにラブラブっぷりを見せつけるためのものなのに……』


『でも、すっごく楽しそう……!』


 僕たちはふさげ過ぎるあまり、ポーションの半分くらいはこぼしてしまっていた。

 こぼした分は、トムとジェリーがペロペロ舐めていた。


 部屋に掃除用具があったので、僕と黒崎さんは手分けしてテーブルと床をキレイに掃除しておく。


 そしてようやくダンジョン探索を再開しようとした矢先、突如として僕の身体が光り出した。

 目の前に、ファンファーレとともに文字が浮かび上がってくる。


『レベルアップしました!』

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