第14話
宝箱からゲットした指輪を嵌めた、僕と黒崎さん。
ふたりの間にはまさに、『運命の赤い糸』な感じの光の帯ができていた。
僕も黒崎さんも、その光を呆然と見つめる。
黒崎さんの胸に抱かれていたトムは、赤い光に目を丸くしてチョイチョイと触ろうとしている。
そういえば、トムはレーザーポインタを追いかけるのが大好きだった。
そうだ、これは本物の『運命の赤い糸』ではなく、レーザーポインタのような見せかけの光に過ぎないんだ。
だから、勘違いするな……!
僕は心の中でそう必死に言い聞かせていたけど、ダメだった。
『黒崎さんと繋がってる』と思うだけで、僕の心臓はせりあがってきそうなほどに高鳴る。
……ドクン! ドクン! ドクン!
しかしその音は、いつもと違うような気がした。
赤い糸をよく見てみると、僕の鼓動にあわせて震え、心電図のような波形となって黒崎さんのほうに送られている。
そして黒崎さんの手元からも同じように、波形が僕のほうに向かってきていた。
……ってことは、いま僕が聴いているのは、彼女の心臓の音……!?
黒崎さんも僕に負けないくらい、心臓がバクバクになっているようだ。
少し間を置いてから、彼女もハッとなっていた。
どうやらこの赤い糸に、『相手の心音を聴ける』という機能があることに気付いたようだ。
黒崎さんは照れくさそうに笑いながら、サッと後ろに飛び退いた。
すると、赤い糸のエフェクトは消え去る。
「し……心臓の音を聴かれるのって、なんだか恥ずかしいね」と黒崎さん。
「そ……そうだね」と僕。
なんだか気恥ずかしくなって、ふたりで俯いたままもじもじしてしまう。
すると、『あ~あ』と、水を差すような声が響いてきた。
『ショックだわぁ……。
まさか「カードマスター」なんて底辺職に、憧れのペアリングを最初にゲットされちゃうだなんて……!』
『ずっと欲しかったけど、「カードマスター」なんかがしてるんだったら、もういらないかも』
『女の子のほうは全然アリだけど、あんな底辺男がしてたら、価値ダダ下がりじゃね?』
『はぁ、いまからでも外してくんないかなぁ』
僕は「うぐっ」となる。
つい偶然で指輪をはめちゃったけど、どうやらリア充たちの憧れを穢してしまったようだ。
たしかに僕みたいな底辺ぼっちがしちゃったら、興ざめしちゃうよね……。
それに僕みたいなのとペアリングだと知れたら、黒崎さんにも迷惑が……。
僕はそう思い、指輪を外そうとする。
しかしその指輪に、そっと手が添えられた。
見るとそこには、俯いたままの黒崎さんがいた。
いままでは浮ついた空気を醸し出していたのに、すっかり元の彼女に戻っている。
いやむしろ、顔には暗い影がさし、いつものほんわかムードすら消え去っていた。
まるで冷気をまとっているかのような、ゾワッとした雰囲気。
それはトムとジェリーも気付いたのか、沈む船から逃げ出すように僕に飛び移ってくる。
「外す必要なんかない」
黒崎さんはそうつぶやくと、僕からすっと離れた。
そして、バッ! と天を仰ぐと、
「店内で観ている人たち! さっきから聴いてたら、好き勝手言ってくれちゃって!
あなたたちいったい、何様のつもりなのっ!?」
あたりの空気を凍りつかせるような、厳しい口調で吠えた。
「『カードマスター』が底辺職!? 『グラップラー』が底辺職!?
どうせ噂だけで、知りもしないクセにそう言ってるだけでしょう!?
そういうネットとかで仕入れた知識だけで、レッテルを貼るなんて最低!
だいいち、よく知りもしない他人を悪く言うなんて最悪の人間がすることだよっ!」
黒崎さんは怒っていた。
いつもと真逆の感情を露わにする彼女は、ものすごく怖かった。
べつに僕が怒鳴られているわけじゃないのに、僕はピシッと直立不動になってしまう。
トムは母さんに叱られた時みたいに僕の胸に顔を埋め、ジェリーは服のポケットに逃げ込んでいた。
黒崎さんは右の拳を天に掲げて叫ぶ。
「今までの塚見くんの活躍を見て、まだそんな風に思ってるなんてどうかしてる!
見て! 塚見くんはこんなに素敵なリングを私にくれたんだよ!?
これは、いま観ているあなたたちじゃ、とても手に入れられなかったものなんでしょう!?
それを手に入れられた凄い人を、なんで底辺だなんて思えるの!?
それに、底辺だなんてへんな単語で人をバカにする人のほうが、よっぽど底辺だよっ!」
黒崎さんはアイドルだけあってものすごい声量で、しかも声色もすっかり変わっていた。
これは『ソーサレス48』の『ブラック・ブルーム』のときの声だ。
『ブラック・ブルーム』の声は雪の結晶のような美しさがあって、激しくシャウトするとあたりにブリザードが巻き起こったような迫力がある。
「いいこと!? 今度塚見くんの悪口を言ったら、私、許さないから!
ぜったいにぜいったいに許さないからねっ! いぃ~~~~~だっ!!」
黒崎さんは最後に、天に向かってあっかんべーをした。
すると、店内には誰もいなくなったのかと思うほどに、物音ひとつしなくなる。
僕たちの様子を観ているリア充たちの様子はわからないけど、誰もが凍りついているのが想像できた。
僕は思わず泣きそうになる。黒崎さんが怖かったからじゃない。
いや、もし彼女があの勢いで僕に怒っていたら、きっと僕は泣き出していたと思うけど、そうじゃない。
こんな風に庇ってもらえたのは、生まれて初めてだったから。
バカにされるのは慣れていたのに、それを誰かに否定してもらえるのが、こんなに嬉しいだなんて……!
気がつくと黒崎さんは僕のそばに来ていた。
それは雪の女王のようだった『ブラック・ブルーム』ではなく、最高のクラスメイトの『黒崎マコ』だった。
「はぁーっ、少しスッキリしたかも。塚見くんも、たまには怒らなきゃダメだよ」
「ご、ごめん……でもなんで、僕なんかのために……?」
「えっ? 好きな人がバカにされたら怒るのは当たり前でしょ!?」
僕はまた口から心臓が飛び出しそうになったが、あわてて飲み込む。
……か、勘違いするな!
彼女がいう『好きな人』ってのは、友達としてって意味だ……!
しかしさも当然のように言ってくれた黒崎さんに、僕は嬉しいやら恥ずかしいやら、いてもたってもいられない感情にかられる。
あまりの尊さに土下座して拝みたい気持ちになっていたけど、それをやると引かれるのでやめておく。
そしてトムとジェリーも待ちきれなかった様子で、僕から黒崎さんに飛び移っていく。
僕たちトリオはもう、すっかり彼女のトリコといってよかった。
「うふふっ、トムくんとジェリーくん、ビックリさせてごめんね!
じゃあ塚見くん、そろそろ行こっか!」
「うん!」「ニャッ!」「キュッ!」と僕たちトリオは揃って返事をした。
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