第13話

 カード仲間であるトムとジェリーを抱っこして、両手に花状態の黒崎さん。

 とろけきった笑顔でいちゃいちゃモフモフしているのをよそに、僕は宝箱の中身をあらためる。


 宝箱は浴槽みたいな大きさだったけど、中に入っていたのはちんまりしたものだった。

 それは宝石台に乗せられた、大小ふたつのシルバーリング。


 僕は「なんだ、指輪か」と思ったけど、観客のリア充たちからは感嘆の溜息が漏れていた。


『わあっ……! 見て、あのリング!』


『あれは……!? 「スタダ」と「4000℃」のコラボリング!?

 やっぱりあの●●宝箱に入ってたんだ!』


『いまカップルダンジョンに挑むカップルは、みんなあの指輪目当てだっていうのに……!』


『私もあの指輪が欲しくて、彼と毎日のように挑戦してるのよ! それなのに、それなのに……!

 く……くやしい~~~っ! で、でも……い……いいなぁーーーーっ!』


 どうやらこの指輪は、リア充たち垂涎のアイテムらしい。

 そういえばクラスでも、カースト上位の男子ともなると指輪をしてたなぁ。


 でも底辺ぼっちの僕には指輪なんて似合わないので、ふたつとも黒崎さんにあげることにした。

 宝石台にあったふたつのリングをわし掴みにすると、ジェリーを頭の上に乗せてはしゃいでいる彼女に差し出す。


「はい黒崎さん」


「わぁ、キレイな指輪だね! これが宝箱の中に入ってたんだ!

 これ知ってるよ、4000℃の指輪だよね!?」


 さっきからちょくちょく耳にするようになった、『4000℃』という単語。

 黒崎さんは知っているようだけど、僕はそれがなんの意味かわからずにいた。


 でも知らないなんて言うと笑われそうだから、「そうみたいだね」と曖昧な笑顔を返しておく。


「すごーい! これって身に付けるとステータスがアップするマジック・アイテムなんでしょ?

 クラスの子たちもみんな欲しがってるんだけど、高校生のお小遣いじゃ買えないくらい高いうえに、ここでしか手に入らない限定品なんだって!

 さすがみんなが欲しがるだけあって、素敵な指輪だねっ!」


 黒崎さんは、僕の手のひらにあるふたつの指輪をいろんな角度から覗き込んでいたが、受け取ろうとはしなかった。

 もしかして、僕が指輪を渡そうとして差し出しているのに気付いてないのかな?


「これ、黒崎さんにあげるよ」


 すると黒崎さんは鳩が豆鉄砲をくらったみたいにキョトンとする。

 そしてなぜか、ポッと頬を染めていた。


「えっ……? ほ、ほんとに?」


 なぜそんな、「いいの?」みたいなリアクションをする必要があるんだろう?

 宝箱を開けたのは僕、というかジェリーだけど、黒崎さんが椅子に座ってくれたからゲットできたようなものなのだから、彼女にも受け取る権利は当然あるはずだ。


 僕は黒崎さんをまっすぐ見据え、自信たっぷりに頷いた。


「もちろん、黒崎さんにもらってほしいんだ。黒崎さん以外の人にあげるなんて、考えられないよ」


 すると黒崎さんは、まるでメーターが上昇するかのように、かぁ~っと赤熱していく。

 そんな赤くなるようなこと、僕、言ったかな……?


 僕はよく他人から『鈍い』と言われる。

 そのせいなのか、黒崎さんが今まで見たことないほど照れる理由がわからなかった。


 彼女は恥じらうように手を伸ばし、僕の手のひらからリングを取る。


 ふたつまとめて取ればいいのに、小さいほうのリングだけを。

 もじもじしながら、それを指に嵌めようとする。


 しかしまたここで問題発生。

 彼女は指輪を、右手と左手のどちらの指にするのか迷いはじめた。


 最初は左手の薬指にしようとしていたけど、いやいやこれはいくらなんでも、と右手の薬指に移し替える。

 でもやっぱり、左手のほうが……と、また左手の薬指に指輪を移動させていた。


 そんなことを何度も繰り返しながら、彼女は時折、上目遣いでチラッチラッと僕の様子を伺ってくる。

 その顔の赤さはとうとう耳にまで達していた。


 その仕草は途轍もなく可愛かったけど、僕はますますわけがわからなくなる。

 あげた指輪なんだから、自分の好きな指に付ければいいのに……。


 そこで僕は、ある話を思い出す。

 女の子というのは、毎朝髪型を整えるのに、鏡の前ですごく時間をかけるという。


 鏡なんて歯磨きのときに見るくらいの僕からすると、信じられないことだ。

 でもそう考えると、指輪を嵌める指で悩むのも無理はないのかも……。


 しかも、指輪はもうひとつ残ってる。

 それも同じくらいの時間をかけて悩むんだとしたら、先が思いやられそうだなぁ……。


 しかし黒崎さんはようやく思い切りがついたのか、「えいっ」と右手の薬指に指輪を差し込んでいた。


 そして手の甲を僕に向け、キラリンと輝く指輪を見せてくれる。

 顔はとうとう、湯気が出そうなくらいに上気していた。


 黒崎さんは潤みがちな瞳で僕を見上げ、しっとりとした声で言う。


「あっ……ありがとう、塚見くん……。

 実をいうと私、『ペアリング』を付けるに憧れてたんだ……」


「えっ」


「ファンの人たちから貰うことはよくあるんだけど、さすがに付けるわけにはいかないから……」


「ええっ」


「でも塚見くんとの『ペアリング』なら、付けてもいいかなって思って……えへへっ」


 そのはにかみ笑顔は、砂糖の弾丸のように僕の心臓を貫く。


 ……ズドギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!


 そして僕は、今更ながらに彼女の逡巡を理解した。

 そして彼女が、小さいほうの指輪しか受け取らなかった理由を。


 そして……嵌める指にやたらと悩んでいた、行動の意味をっ……!


 こ……これ、ペアリングだったの!?

 ってことは残った大きいほうの指輪は……僕用っ!?


 あ……アイドルとペアリング!?

 そんな大それたこと、できるわけないよっ!


 僕はあまりのショックに震えだしてしまい、手のひらに残った大きな指輪を落としそうになってしまう。

 慌ててキャッチしようと、手のなかでバウンドさせていたその拍子に、


 ……スポッ!


 指輪は僕の右手の薬指に、すっぽりとおさまってしまった。

 次の瞬間、僕と黒崎さんの右手の小指が、深紅の光に包まれる。


 見ると、僕の小指には赤い糸のようなエフェクトが巻き付いていて、その光の筋はまっすぐに黒崎さんの小指に巻き付いていた。

 リア充の誰かが叫んだ。


『見て! あれが指輪の特殊効果のひとつ、「運命の赤い糸」よ!

 近くにいると赤い糸のエフェクトが出現して、ふたりの能力がアップするの!』

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