第12話

 宝箱の部屋の中は、リア充たちの歓声が飛び交っていた。


『すげぇ、あの高校生カップル、「真愛箱」に挑戦するみたいだぜ!』


『あの箱のヤバさが広まっちゃってるから、最近は挑戦するカップルも少なくなってきてるのに……!』


『こりゃ、楽しくなりそうだ!』


『私、ドラマが観たいからそろそろ帰るつもりだったんだけど、これだけは見てかなきゃ!』


『そうそう! 恋愛ドラマの破局よりも、本当のカップルが破局するのを観てるほうがずっとスリリングだしね!』


 僕はもう、頭の中が真っ白になっていた。

 なにせ宝箱の解除に失敗したら、黒崎さんがとんでもないことになってしまうのだから。


 彼女は嫌いにならないと言ってくれているけど、実際ひどい目に遭ったらどうなるかわからない。

 僕に愛想を尽かして「塚見くんのカードになんかならなきゃよかった!」なんて言うかもしれない。


 それに彼女の膝にはトムもいる。

 トムも巻き込まれるようなことがあったら、トムまで僕を嫌いになってしまうかもしれないんだ。


 そうなったら、僕は2枚ものカードを失ってしまう……!


 いや、カードなんかどうでもいい。

 黒崎さんに嫌われるのだけは、なんとしても避けたかった。


 だって、僕に初めてできた友達●●を、こんな形で失うだなんて、絶対にイヤだっ……!


 それを避ける方法は、ふたつほど考えられる。

 ひとつは、黒崎さんに椅子から立ってもらって、僕が不幸な目に遭うこと。


 しかしこれは黒崎さんの性格からいって、オーケーしてくれないだろう。

 無理に引っ張って立たせるという手もあるけど、そんなことはしたくない。


 となると僕がすべきことは、残りのひとつ……。


 宝箱に挑戦して、罠を解除するしかないっ……!


 僕は決意を固めると、段差をあがって宝箱の前に立つ。


 宝箱は、僕のへその高さくらいある、かなり大型のもの。

 しゃがみこんで鍵穴のある部分を覗き込んでみると、そこには鍵穴らしきものが9つもあった。


 どうやら、間違った鍵穴を開けようとした時点で、罠が作動する仕組みらしい。

 リア充たちが噂するとおり、かなりハイレベルな宝箱のようだ。


 僕は迷った。

 解除の成功率をあげる方法がひとつだけ、あるにはあるんだけど……。


 それをやったらきっと、まわりで観ているリア充たちから笑われちゃうだろうなぁ……。

 しかし僕ひとりの力では、こんな難しい宝箱を解除できる自信がない。


 僕がひとり頭を抱えていると、横から、


「がんばれー!」「ニャー!」


 と、ひとりと1匹の声援が聞こえてきた。

 それで僕の悩みは吹っ切れる。


 そうだ。リア充になら、今までさんざん笑われてきたじゃないか。

 なにをいまさら気にしているんだ。


 ちっぽけなプライドなんかより、ずっと大切なものが、僕にはあるじゃないか……!


 僕は「うん」と頷き、腰のベルトにあるカードケースに指を突っ込む。

 そこには、僕にとっての『隠し球』ともいえるカードがあった。


 これはあんまり出したくなかったんだけど、しょうがないっ……!


 僕はそのカードを人さし指と中指でしっかりと挟み込むと、シュバッと宙に向かって放り投げた。


「こいっ! 『ハウスマウス・ジェリー』っ!」


 拡大したカードから、小さな光の玉が飛び出す。

 まさに『隠し球』のようなそれは、空からぽろりとこぼれるようにして降ってくる。


 僕はその小さな玉を、両手で受け止めた。

 手のひらの中でもそもそと蠢いていたのは、ペットのハムスター。


 そばで見ていた塚見さんは、髪の毛が渦を巻くほどにビックリしていた。


「かっ……かわいいいーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!

 塚見くん、そんなかわいいカードを持ってたの!? なんでもっと早く召喚してくれなかったのーっ!?」


「いや、だって……ジェリーはトムと違って、戦力にならないから……」


「私、ハムスターも大好きなのっ! ああん、ちっちゃくてかわいいーーーっ!

 ジェリーくん! こっち向いて、こっち向いてーっ!」


 黒崎さんは、憧れのスターを前にしたかのように大興奮。

 ジェリーに飛びつきたくて猫みたいにウズウズしていたが、懸命にこらえていた。


 『うえーっ!?』と吐き気を催したような声が、あたりに響く。


『うげえっ、アイツ「カードマスター」だったのかよ!』


『グラップラーにカードマスターだなんて、最悪の職業ジョブの組み合わせじゃん!』


『あの猫も、きっとあの男の子が召喚したカードだったのね!』


『しっかしハムスターを召喚するなんてマジかよっ!? アイツ、どんだけ仲間がいねーんだよ!?』


『生きてるゴミみたいなヤツだなぁ!』


 ある男たちのツッコミに、まわりから『あっはっはっはっ!』と笑いが起こる。

 僕は「くっ……!」と悔しさを押し殺す。


 黒崎さんが「まわりの言うことなんて気にしちゃだめ!」と言ってくれることだけが、唯一の救いだった。

 僕は気をとりなおし、ジェリーに命じる。


「よし、ジェリー、この宝箱を開けるんだ」


 しゃがみこんで手のひらの上にいるジェリーを放してやると、ジェリーはすっと立ち上がる。

 カートゥーンアニメのネズミのように、二足歩行でちょこちょこと宝箱へと向かう。


 その姿を見た黒崎さんは椅子から身を乗り出し、半狂乱になって叫んでいた。


「きゃあっ!? 二足で歩けるの!? ああん、もう! かわいいかわいいかわいっ! かわいいーーーっ!」


 ジェリーはよじよじと宝箱に登り、鍵穴に小さな鼻を突っ込んでヒクヒクさせている。

 そしてある鍵穴のところで、どこからともなくピンを1本取り出した。


 赤ちゃんヒトデのような小っちゃな手でピンを持ち、鍵穴をカチャカチャいじりはじめる。

 やがて、カチャッと施錠が外れるような音がしたかと思うと、


 ……ギギギギギィーーーーーッ!


 軋むような音をたてて、宝箱がその口を開いた。

 まばゆいほどの真っ白な光を、あたりに振りまきながら……!


「や……やったやった! やったぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 黒崎さんはガッツポーズとともに、ぴょーんと椅子から飛び跳ねる。

 トムを空中でキャッチし、僕の近くにスタッと着地した。


 てっきり宝箱の中を見に来たのかと思ったけど、彼女は中身にはあまり興味がないのか、真っ先にジェリーに飛びついていた。


「こんにちは、ジェリーくん! 私はマコ、よろしくね!

 これからずーっと一緒にいようね! うふふふっ!」


 トムとジェリーを同時に抱き寄せ、両方の頬で頬ずりする黒崎さん。

 それはまるで、花畑にいる妖精のお姫様のような、咲き誇るような笑顔だった。

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